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無駄撃ち出来ないために、少々時間がかかってしまったが、衣織は自分が受け持った敵を全て床に沈めると、背後で戦う雪の様子を見るため振り返り、そして言葉を失くした。
黒曜石の瞳が限界まで開かれた理由は、血塗れで倒れる複数のイルビナ兵の向こう側。
増援組のような兵士たちが、全員同じようにロッドを手に詠唱を始めていたからだ。
イルビナが有する術師部隊までもが出てくるとは、考えてもいなかった。
いくら腕のいい雪と言えど、複数の術師は不味い。
衣織は壁に手を付いている雪の姿を捉え、驚愕した。
肩で息をする彼の顔色は、この距離かれでも分かるほど青褪めている。
まさか怪我でもしたのだろうか。
今まで目にしたことのない事態に、血の気が引く。
「せっ……」
敵方の詠唱が終わったのは、その時。
全ての音が、衣織の世界から消失した。
意識とは別の場所で身体が動き、地面を蹴る。
雪と敵の軌道上を走り、空けた右手が腰の柄に指をかけた。
術が発動されるよりも早く。早く。
仄かな光を宿すロッドが、使役した精霊の力を纏い振り下ろされるのを、少年は絶望の眼に映し出した。
「蕾に宿れっ……!!」
聞きなれた台詞が、衣織の静寂を吹き飛ばした。
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