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正直なところ、彼とはあまり関わりたく無かった。
雪山で助けられた恩があるから、宿が無いという彼を一晩だけ部屋に泊めてやるのは仕方ない。
だが、そこまでだ。
雪は匂うのだ。
衣織には分かった。
彼からは『面倒事』の匂いがする。
敏感にそれを感じ取った衣織は、どうしても彼の依頼を受けたくない。
「ほら、俺の他にも何でも屋なんて沢山いるし。なんだったら蓮璃に紹介させるからさ」
「お前よりも腕がいいなら考える。だが、そうで無いなら話にならない」
「……」
なんだ。
自分の腕を買ってくれていたのか。
少しだけつまらない、と考えてから、衣織は我に返った。
「いやいや、違ぇだろ。自分」
「なんだ?」
「いや、こっちの話」
軽く流すと、衣織は冷静になろうと努めた。
「……どうしても俺がいいわけ?」
「お前くらいの実力者はあまり居ないだろう」
事実を述べる調子で、彼は断言した。
仕方ない。
「分かった。じゃあさ、俺に勝ったら引き受けてやる」
「なに?」
ベッドから飛び降りると、衣織は戸棚から二本の瓶を取り出した。
一本を彼に放る。
「それ、こっちで結構有名な酒でさ。かなりキツイんだ」
雪の正面に座ると、衣織はにやりと笑った。
「俺より先にアンタが飲み終えたら、依頼受けてやるよ。どう?」
「わかった」
あっさりと承諾されて、衣織は内心でガッツポーズだ。
酒は弱くない。
むしろ昔から鍛えられたせいで、かなり強いと言える。
辺境の地ヴェルン唯一の特産である、この酒のアルコール度数は並ではない。
銘柄は『雪国一番』。
ふざけ半分で飲めば、皆軒並み倒れてしまう。
他国からやって来たと言っていた雪に、勝機はないように思えた。
「んじゃ、スタートっ!」
衣織の合図で、それぞれ同時に瓶に口をつけた。
一口目で口内が悲鳴を上げ、喉が焼けた。
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