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外はすっかり太陽が沈んでいる、どころか。
そろそろ次の日を迎える時分であった。
夜更けの冷たい空気が肌を刺す。
人気のまるでない路地裏を二人走る様子は、もし誰かが見ていたとしたら、実に不審であっただろうに。
まるで隠れるように素早く足を動かしながら、衣織はこれから向かう先を想い小さな溜め息を落とした。
術師が探り当てた花突の場所。
聞いた当初は悪い冗談か夢だと思った。
しかしもっとも残酷な現実に、二人は腹を腹をくくるしかなかったのだ。
「イルビナ軍総本部って……あり得ないよな」
ディグリス山以降、何かと縁のある巨大組織と、再び接触しなければならないなんて、どれだけ運が悪いのか。
せっかくトラブル無くイルビナに入国出来たと言うのに、自ら訪れなければいけないだなんて。
敵の総本山に、雪の求める花突はあった。
真正面から出向いては、間違いなく捕らえられてしまう。
いくら末端に情報が流れていないと言っても、本部で誰がこちらを知っているかは分からないのだ。
となれば、残る手段は一つだけ。
潜入。
この数日と言うもの、衣織はレッセンブルグの情報屋から出来る限りの内容を入手し、雪はより確かな花突の場所を探った。
まったく、面倒なことになったものである。
最近の忙しさは、イルビナに到着した当初の三分の一の暇もなかった。
金髪の青年に市街を案内してもらったときが懐かしい。
どうしてこんなことになったのだと、少年は苦い笑みを浮かべた。
そうだ。
レベル3を撃破しなければ。
ネイドで翔の正体を暴かなければ。
神殿でだって……。
沸々と蘇るイルビナ軍との出来事に深いため息を吐こうとした衣織は、すっかり忘れていた記憶を思い出した。
「なぁ」
「なんだ?」
少年の小声に、男も小さく返す。
どちらも風のように足を進めているというに、息は少しも乱れていない。
「アンタさ、シンラでセクハ……緑頭の男に言われてただろ?手を貸せって、アレってどういう意味?」
衣織の身体を好き勝手触った挙句、紅の戦神まで呼び起こしてくれた、鋭い牙を持った男が脳裏に浮かぶ。
確か彼は、地上で刃を交えたとき雪に言っていたはず。
『俺らに手ぇ貸すか―――』
あれは、一体どういうことなのだろうか。
雪が強力な術師だから、軍の強化としてスカウトしたとは、どうも考えられない。
振り返ってみれば、気になる点は他にもあった。
あの後のやりとりである。
『まさか』
見たこともない、雪の怒り。
灼熱の業火で焼かれるような、深淵に呑み込まれてしまいそうな。
体の髄から震えてしまう真実の怒りをみせたのは、何故だったのだろう。
何がそんなにも、雪の心を揺さぶったのか。
「アレ、なんだったんだ?」
「それは――――」
硬い声音で彼が答えようとしたとき、それは眼前に現れた。
見上げるほどの塀で周囲を囲まれた、一見すると王城のような建造物。
時間のせいかひっそりと静まり返った総本部は、しかし煌々としたライトに照らし出され、不夜城さながらの姿を闇に浮かばせていた。
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