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SIDE:神楽
『ダブリアの城に紅を翻す想いは、どんなものだろうな』
その言葉の意味に、神楽は手にしていた銀盆を危うく落とすところであった。
飛空挺の開発報告の途中に発作を起こした元帥のため、処方されている薬を用意して来たのだが、火澄との会話に入るに入れず、続きの執務室でタイミングを伺っていたのだが、まさか。
銀盆のグラス内部で波立つ水面は、神楽の胸中を代弁しているかのようである。
やけに飛空挺や『花』の開発を急がせる蒼牙に、疑問を持っていはした。
功績を残したいのならば、既に彼は十分な経歴を持っていたし、そんなつまらないことに拘泥する性質でもないだろうと思っていたからだ。
けれど、蒼牙の目的がこちらの予想通り功労ではないのだとすれば。
扉の向こう側でなされている火澄との会話が、重大な意味を持って来る。
有り得ない。
常識的に考えれば、冗談の一言で打ち消すべきだ。
そう出来ないのは、あまりにも条件が揃っているせいで。
空いた手で眼鏡のブリッジを押し上げながら、神楽は繊細な面を不穏な想像で曇らせる。
回転の速い優秀な頭脳が弾きだそうとする―――否、既に弾き出された解から必死で目を背けようとするのに、どうしても叶わない。
飛空挺、花。
ネイドの内乱。
シンラ、ダブリアに紅。
あまりに馬鹿けている。
今時、そこらの子供ですら口にしない。
「世界……」
ほぼ無意識に紡ごうとする自分の口に動揺した青年は、背後から伸ばされた大きな手によって唇を塞がれた。
「よぉ……盗み聞きか?」
「っ!!」
囁くような低音。
耳朶に当たる硬質な感触。
神楽の耳を鋭い牙で甘噛してくる奴など、このイルビナ軍には一人しかいない。
異常なまでに脈の律動が速度を上げ、喉の管がざっと干上がる。
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