「ただい…ってうわっ。何やってんだよっ」

部屋の扉を開けば、出る前にベッドに沈んでいた白銀が、軽く目蓋を下ろして佇んでいた。

彼を中心に円状に輝く床は、雪の足元から光の飛沫を巻き上げる。

煽られるように虚空を舞う長髪の眩さと相まって、宿屋の一室にも関わらずそれは何とも幻想的な光景であった。

ぎょっと顔を引きつらせた少年は、リアクションのないことから男の集中を悟り、物音を立てないように注意しながらドアを閉めた。

テーブルの上に紙袋を置きソファに腰掛ける。

一体彼は何をやっているのだろうか。

体調が悪いはずなのに、無理をしているのではないかと心配になったが、張り詰めた空気の中声をかけるわけには行かなかった。

間もなくして床の輝きが急速に衰え、雪の白銀もパサリと肩に落ちる。

「……っ」
「わっ、ちょっ、大丈夫かっ?」

ガクンッと力が抜けたようにふらついた彼に、慌てて駆け寄り抱きとめると、背中に回った腕が思いのほか強い力で抱き締めてきた。

「…帰ったのか」
「あ、うん。ただいま」

どこかほっとしたような安堵の囁きを怪訝に思いながらも応えると、締め付けがきつくなる。

離さないとでも言うような確かな腕。

「どうかした?」
「……」
「おーい、シカトかこの野郎」

ぎゅうぎゅうと力強い腕の中は少し恥ずかしくて、一体何をやっているんだかと内心で突っ込む。

反射のように頬が赤くなってしまう己が、少しばかり悔しかったりもした。

それでも預けられる重みも、男の温かさも決して嫌ではない。

『大切な人?』

つい今しがた尋ねられた質問。

勿論だ。

この温もりが今の衣織が護るべきもの。

この男が今の衣織が護りたいもの。

はっきりと答えられることに、誇りかな想いで胸が一杯になる。

同じくらいの力で抱きしめ返してやると、ようやく気が済んだのかそっと戒めが解かれた。

「遅かったな」
「心配した?」
「した」

ニヤリと意地悪く聞いたのだが、寄越されたのは至極真面目なもので調子が狂う。

レッセンブルグに入ってから雪の様子がおかしいとは思っていたが、どんどん悪化していないだろうか。

やはり体調不良がいけないのかもしれない。

「腹減ってねぇ?買って来たんだけど、食えるか?」

窺うような瞳は心から心配しているようで、雪はふっと微笑んだ。

あまり食欲はなかったが、別に食べれないほどでもないだろう。

何より、これからのことを考えれば食事を抜いてなどいられなかった。

先ほど尋ねて来た繊細な容姿の男。

彼の言った台詞はどうにも気になる。

誘いに乗るつもりは毛頭なかったが、それでも早く目的を果たしてこの国を出てしまいたかったのだ。

「花突の場所が分かった」
「マジ?…って今のもしかして」
「エレメントが荒れているからな。いつものようにはいかなかった」

暴れる精霊をどうにか従わせるために使った力は大きく、精神の消耗は激しかったけれど、術師にとってはどうでもいいことである。

多少の無理も、この少年ならば厭わない。

ただ、会話をするだけでこの有様となれば、少々厄介でもあった。

下級精霊ほど正気を失っているために、使役するエレメントは必然的に上位になってしまう。

となると、今のように気力が持つかどうか。

いや、持たせなければなるまい。

紙袋を漁る少年に目を留めながら、雪はぐっと拳を握った。

手を出させなど、するものか。

「ん?なに?」
「いや、気にするな」

自分がこんなことを思うだなんてと曖昧に笑いながら言ったら、納得いかないのか少年の顔がやさぐれた。




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