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「…なぁ、アレなんだ?」
「え?」
人波が途切れた頃、衣織は右隣を歩く男に尋ねた。
中央市場でまず最初に向かったのはガンショップ。
「何が欲しいの?」と明るく尋ねられ、答えるべきか渋っていたが、必要なものであるのだから致し方ないと、腹を決めた。
火澄が知っているかも不安だったが、彼はあっさりと頷くや裏道に入り看板も下がっていない店へと案内してくれた。
人は見かけによらないものだと言うが、まったくその通りである。
銃弾を購入しても特別反応を示すこともなく、平然と次の目的を聞かれたのだ。
宿屋で1人身を横たえている術師のために何か食料を調達しなければ、と思った少年の視界にふと飛び込んで来た建造物。
一見、王城のようにも見えるそれの尖塔の先にはためく赤。
今の今までどうして気が付かなかったのか不思議なほど、圧倒的な存在感を放つそれに、衣織は確信とも呼べる予感を抱きながら問いかけた。
「あぁ、アレ?」
「城…じゃないよな。もしかして……」
「うん、イルビナ軍総本部」
予感的中。
感知するのがいつもより数段遅いセンサーに、少年は胸中で舌を打った。
少し気を抜き過ぎていたかもしれない。
火澄に案内されるまま市場までやった来たが、まさかこんなにも敵の総本山に近い位置にあるとは。
いくら下級士官に顔が割れていないと言えど、やはりどこで誰に会うかは分からない。
土地勘もないのだから、ここで襲撃にでも会えばまず間違いなく終わるだろう。
「どうかした?」
険しい表情で黙り込んだ衣織を、男は華やかな顔で覗き込んだ。
「あ、や、なんでもない。…そうだ、なんか美味いもん売ってる店知らねぇ?」
「う〜ん、どんなのがいいの?」
「あんま気張ったヤツじゃないの希望。屋台とかで売ってるのがいい」
ここはさっさと用事を済ませて宿に戻った方が得策だろう。
街の雰囲気も大体掴めたし引き際だ。
「じゃ、案内ありがとな」
「え?もう?」
火澄お勧めの屋台で買ったものは、両手の紙袋の中でまだ熱を持っている。
別れの挨拶を切り出した少年に、彼は少し残念そうな顔をした。
「色々悪かった。宿で待ってるヤツがいるんだよ」
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