束の間の休息。




「A〜CとGは市民街で、EとFブロックには貴族の屋敷があるんだ」
「へぇ。また無駄に金かかってるんだろ?」

酒場のあったBブロックを出ると、男は中央市場へと足を向けつつ、道すがら街の造りを説明してくれた。

人で賑わう大都市の中では、火澄ほどの男といると人目がついて回る。

雪と歩くときにも感じるものだから、いい加減慣れてしまったが。

「まぁね。中でも清凛家は凄いよ。屋敷も大きいし、煌びやかでね」
「清凛……あ〜」

どこかで聞いた名前だと思う間もなく、海馬から飛び出して来たのは金髪の軍人。

レイピアを構える見るからにプライドが高そうな女とは、ついこの間顔を合わせたばかりだ。

「あ、知ってる?イルビナ四大貴族の一つなんだけど、そこのご息女が軍に在籍してるんだよ」
「噂程度には聞いたことある。レイピアの使い手で弱者切捨て主義なんだろ?」
「有名だよね。今は中小貴族の翔庵家の下にいるから、清凛家は面白くないだろうなぁ」

ただの旅行者が知っていてもおかしくない程度の知識で応じると、相手は地元民ならではの事情を語ってくれた。

過去、清凛家では名のある武将が輩出されていたが、ここ近年では実力主義により新しい風が入り、衰退の一途を辿りつつあるらしい。

それを何とか食い止めているのが、紫倉=清凛なのだ。

あのプライドの高さは傾き始めた家柄のせいでもあるのだろう。

「あ、翔庵家って?」

情報を整理していた衣織は、話しに出てきた聞きなれぬ家名に首を傾げた。

「大して有名でもない中途半端な貴族…かな?」
「アンタってそんな顔してても結構言うよな」

実に分かりやすい説明は、一歩間違えなくとも悪口に聞こえる。

しかしながら、あまりにあっけらかんと口にする火澄の華麗な面には、一切の嘲弄も侮蔑も見当たらず、ただ事実を言っているだけなのだと分かった。

が、やはり言葉は選んだ方がいいのではなかろうか。

呆れる少年に、火澄は「そんな顔ってどんな顔?」と不思議そうに首を傾げる。

「あ、けどね。中途半端って言うのは家柄だけで、そこの三男は切れ者だよ」
「三男?」

何とも微妙なポジションが出たものだ。

中小貴族の三男など、よっぽど何かがなければ注目されるはずもない。

「清凛大佐の上に居るのが、その三男ってことか?」
「正解。神楽=翔庵って言うんだけど、相当のやり手。感情的になりやすい清凛大佐よりも、ずっと冷酷なんじゃないかな。計算高いやり手の文官だよ」

その物言いに何かが引っかかった。

小さな違和感とも言おうか。

いや、違う。

幼い頃からたった一人、世の中を生き抜いて来た衣織に自然と備わった一種の能力。

けれど芽生えた予感は、眼前に現れた中央市場の活気によって霧散した。

「うわっ…すげぇ」
「でしょ?いい店あるから案内するよ」

軒を連ねる店の数々は、カシュラーンとはまた違った賑わいをみせ、食料品を中心とした露店と看板を下げる店が混在している。

どんなに区画分けされていても、市場はやはりこうした迷宮を作り出すもの。

素直な反応を見せる少年の手を掴むと、男は甘い金髪をふわりと靡かせながら、人ごみの中へと飛び込んだのだった。




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