軽口の多い上官だが、それでもこんな発言は初めてだった。

まるで彼の人が、儚げなこの男を望んでいるかのようではないか。

凍てつく眼差しで凶悪な殺気を滾らせる紫倉に、普段ならば適当にかわす男であったが。

けれど。

「……ですね」

今はいけない。

今は駄目だ。

どうしてそんな勘違いが出来る。

どうしてそんな思い込みが出来る。

愚かも過ぎると罪だ。

鋭い犬歯が頭の内側でニヤリと笑った。

「浅はかですね、清凛大佐」
「なにっ…!?」
「何をどうしたら貴方が考えているような結果になると思うのですか?優秀な頭は張りぼてですか?任務失敗は上司に現を抜かしていたからですか?」
「貴様っ、私を侮辱する気かっ!!」
「妙なことを言いますね。貴方の発言の方がよっぽど私を侮辱しているのではありませんか?」

口端を吊り上げる神楽は、強烈な皮肉を吐き出しながら嫣然と微笑んだ。

その内心は、余裕を漂わせる姿とは似ても似つかぬほど燃え上がっている。

紫倉が何を懸念しているかなど分かっていた。

だからこうしていつかは明言されるとも予想していたし、その時の対応も用意してあった。

けれど奪われたばかりの唇が吐き出す台詞は、まるで別物。

「貴方も下品な邪推をなさる。私に牽制する暇があるのならば、もう少しマシな仕事をして下さい。続く失態、もう見逃すことは出来ませんよ?」
「翔庵……っ!!」

カッと血を昇らせる女の指先が、鬼気迫る勢いで腰に帯びたレイピアの柄を引抜く――ことは叶わなかった。

「上官への抜刀は、極刑にあたる……まさかお忘れですか?」

持ち主よりも早く伸ばされた男の白い手が、柄を鞘に押し戻したのだ。

近距離にある少将の眼を、紫倉の青が明確な意思を持って睨み据える。

ルージュに飾られた唇が憤怒で微かに震えてしまう。

「翔庵家風情がっ……!!」
「私より上位に就いてから言って下さい。『清凛大佐』?」




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