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くだらないとばかりに渦巻く思考を隅に押しやったのと、視界に人影が入ったのはほぼ同時であった。
「清凛大佐、こんにちは」
さっと笑顔を浮かべると、内面の混乱などオクビにも出さず微笑んでみせる少将に、プラチナブロンドの麗人は、その碧眼に剣呑な輝きを灯した。
「翔庵…少将」
「火澄様に御用ですか?」
「ネイドの報告だ」
ぶっきらぼうに答える彼女は、他の上官を前にしたときとは、まるで異なる態度であったが、神楽は特に気にすることはない。
彼女のつまらない拘りなど、当の昔に見抜いていたから。
「そうですか、ご苦労様です。私も火澄様の執務室に行くところだったので、ご一緒しても構いませんか?」
顔を顰めた紫倉だったが、目的地が同じではどうしようもないと、渋々頷いた。
決して長くはない道程でも、沈黙するには厳しい距離。
間を持たせるために神楽は話を振ってやる。
「ついさっき、蒼牙元帥にご報告に行っていたんですよ」
「蒼牙元帥?」
「えぇ。飛空挺の開発スピードを上げるように言われました」
苦く笑ってみせる青年は、横で女の表情が翳ったのを見逃しはしなかった。
冷徹な姿勢で弱者を切り捨てることで恐れられる彼女だったが、感情的になりやすいのもまた事実。
不穏な色を宿した囁きが鼓膜を震わせた。
「…碧様に会わなかったか?」
「…中将にですか?いいえ、どうかしましたか?」
今一番聞きたくない名前。
壁に押し付けられた場面がフラッシュバックを起こし、内心ドキリと鼓動が跳ねるも、何とか面に出すことだけは免れる。
だが生まれてしまった一拍の逡巡は、紫倉に疑念と言う名の確信を抱かせるには十分だった。
フロア唯一の扉を眼前にして、彼女の足がピタリと歩みを止める。
「どうかしました?」
女の感情の起伏は、聡い彼でなくとも分かったに違いない。
身を焦がすようなひどく怜悧な敵愾心が、神楽の足をも停止させた。
「清凛大佐?」
「翔庵少将、貴様に言っておく。……碧様に近づくな」
眇められたサファイアは真っ直ぐに神楽を射抜き、剥き出しの激情を容赦なくぶつけて来る。
碧が蒼牙元帥の執務室に向かったのは確かだ。
時間から言っても彼らが遭遇していないとは思えない。
なのにこうして隠すというのは、何かがあった証拠ではないか。
東国に飛び立つ前に感じた不吉な予感は、きちんと彼女の中に根付いていた。
『俺が上司になれば、なんでも言うこと聞くか?』
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