実力。




真紅の絨毯が敷き詰められた空間では、彼の平生とは異なる乱暴な足取りも決して音を上げることはなかった。

軍服の裾を靡かせ青みがかった黒髪を艶やかに揺らす男の面は、眼力だけで1人くらい殺せそうなほど冷やかである。

常に穏やかな微笑を貼り付けているはずの繊細な造りのそれは、どうしたことか最近では凶悪な不機嫌顔が増えてきているではないか。

全てヤツのせいだと元凶を思えば、神楽の眉間にはますます深い縦ジワが刻まれるのだ。

明晰な頭脳に蘇るつい先ほどのビジョン。

忘れたくとも早々すぐには脳裏から抹消されない。

どころか、人よりもずば抜けた記憶力のせいで、自分にはどれほど時間が経っても忘却は不可能な気がした。

樹海のような緑の短髪と、エメラルドの眼。

己よりも遥かに逞しい身体の熱と、薄い唇の感触。

瞬間的に蘇った炎に、カッと頬が紅潮する。

「何を考えているんだ……」

零された独り言は、廊下に立つ人間が彼以外存在しないことから誰に聞かれることもなかったが、青年は思わず落とした発言に苦虫を噛み潰したかのような顔になった。

まったく自分らしくない。

たかだかキスの一つや二つでこんなにも取り乱してしまうだなんて。

あの無節操中将にとったら挨拶程度の行為だと重々承知しているのだから、こちらが気にする必要もないだろうに。

そう言い聞かせても、未だに心臓の音は小走りで。

思った以上に自分が動揺しているのだと悟らずにはいられなかった。

落ち着け、落ち着け。

ただの悪ふざけなのだ。

気にするほうがどうかしている。

神楽だって口付け程度で胸をときめかせるほど純情ではない。

特別な感情をもっていない相手と関係を持ったことだってあった。

ならばどうして。

どうしてここまで心を波立たせなければいけない。

他の軍人と違い碧信奉者でもないのに。

と言うよりも。

むしろ好きではない。

性別問わず少しでも気に入れば手を出す素行も、挑発的な双眸も、好戦的な性格だって。

嫌いと言っても過言ではないはずだ。

それは侮蔑とも似ていて。

もっと胸糞悪い気分に陥ればいいのに。

問題なのは、どうしても嫌悪感が湧いてこないことであった。

「馬鹿馬鹿しい……」




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