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「あれで軍属って、質悪過ぎだろ」
気を失っている仲間二人を抱えて逃げ出した背中を見送った衣織は大きく息を吐いた。
威勢良く威嚇してきた割には、実力が見合っていない。
イルビナ軍の最精鋭たちを相手にして来ただけあって、衣織は西国軍の実情に肩を落とした。
上と下で差が有りすぎる。
それから、思い出したように未だ床に座り込んだままの被害者を振り返った。
「…大丈夫か?」
ハニーブロンドの髪に見蕩れつつ手を差し出してやると、一回り以上大きなそれが重なった。
「ありがとうございました」
俯いたままの顔がふっと上がり、露になったその端整な容姿に衣織はしばし硬直した。
華やかに整った美貌は甘く、花のような絢爛さがある。
すっと通った鼻筋も、緩やかな笑みを刻む口元も、何より緋色の眼が美しい。
自分の知る白銀の男とはまるで正反対の美形だ。
厳かで神聖な美貌が雪ならば、豪奢で雅な美貌がこの男。
共通するのは絶対的な不可侵の美しさと、珍しい瞳の色だろう。
金色も見ないが、緋色も初めて見た。
「あの、どうかしたかな?」
苦笑交じりに声をかけてきた男は、すでに立ち上がっていて、こちらよりも高い位置から視線を下ろしている。
情けなくへばっているときには分からなかったが、身長もあって理想的なスタイルをしており驚きが深くなる。
「あ、いや、なんでもない。ちょっとビビッただけ。怪我ないか?」
「うん、平気。君強いね」
「さっきのが雑魚過ぎるんだよ」
「まぁね」
それに腰抜かしていた人間の台詞とは思えない応答に、思わず噴出した。
「ははっ、アンタ面白い」
「え?そうかな?普通だと思うけど…」
「絶対ぇ普通じゃないからっ!!」
明らかに『普通』という規格に当て嵌まらないだろうに。
腹を抱える衣織に彼は少し困ったように眉を下げた。
「何かお礼をするよ」
「いいって。気にしなくて」
お礼ならば店主にしてもらう約束だし、あまり気を使われても受け入れられない。
辞退する衣織だったが、男は納得出来ないらしくガシッと手を握ってきた。
「そうだっ。君、見ない顔だしレッセンブルグは初めてじゃないのかな?」
「そ、そうだけど……」
突然の行動にぎょっと顔を強張らせたと言うのに、相手は一向に気にしていないようで、名案だとばかりに笑顔を浮かべる。
「なら、この街を案内しよう。住民じゃなきゃ分からない店もあるし。ね?」
自分にだけ向けられた笑顔は極上で、堪らなく贅沢な気がする。
毒気の抜かれる煌びやかなそれに、衣織は大きく嘆息。
街の様子を探るには丁度いいし、何より彼は嫌いじゃない。
「分かった。よろしく」
「まかせて。えっと、名前を聞いても?」
強引にことを進めたというのに、控えめな問いかけが笑いを誘う。
あぁ、もう本当に面白い。
「俺は衣織、何でも屋。アンタは?」
すっと差し出した手に、向こうが応える。
「僕は火澄…よろしくね。衣織くん」
ぎゅっと交わされた握手に、赤い双眸が微笑んだ。
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