ついさっきまで楽しそうにカードゲームをしていたテーブル席の状況は、一変していた。

ひっくり返された丸テーブルに、散らばったカードと硝子片。

蹴倒された椅子のすぐ横で、尻餅をついている人影を取り囲むように三人の男。

明らかに脅されている。

すぐに現状を把握した親父が舌打ちをした。

「店で暴れやがって……」

日常茶飯事なのだろうか、諦めに似た溜め息を吐き出すと、店主はカウンターから出ようと動き出し、悪戯な光を宿した黒曜石に足を止めた。

「あのさ、アレ片付けたら酒代マケてくれる?」

ニヤリと笑む眼前の少年。

細い腕も整った面も、どうにも頼りないはずなのに、不思議だ。

ゾワリとした妙な感覚に、胡散臭い丸眼鏡の奥で、思いの他鋭い眼が哂った。

「タダにしてやるよ」
「交渉成立」

言うや、グラスに残った酒を一気に飲み干すと、衣織はしっかりとした足取りで問題の席へと近付いた。

あの程度のアルコールなど、彼にとっては何ら影響ない。

無防備に近付いてくる少年に、すぐにゴロツキの1人が気が付いた。

「そう言うの、外でやったら?」
「あぁ?んだテメェ」

凄みを利かせる相手は、とてもじゃないが軍人には見えない。

残りの二人も突如首を突っ込んできた、自分たちよりも小柄な存在に、甚振る対象が増えたと嫌な笑いを浮かべている。

イルビナも人材不足なのだろうかと、衣織は少しだけ不憫に思った。

「余計な口挟んでんじゃねぇよっ」
「お客様お帰りデース」

顔面狙いの拳をひょいっと軽い調子で避けると、伸ばしきった腕を掴み引き寄せながら、空いた鳩尾に膝を叩き込んだ。

「っは……っ」

呼吸が詰まった奇妙な音を胃液と共に吐き出した相手の、耳の付け根を裏拳で薙ぎ払えば、面白いほど簡単に男の身体が吹っ飛ぶ。

「なっ……!?」
「んだ、このガキ……」

ガンッと壁に激突した仲間に、残りのヤツラは目に見えて狼狽する。

だが、そこは腐っても軍人。

すぐさま我に返ると、目の前の強敵に襲い掛かった。

右からのストレートを受け止め腕を捻ってやれば、己の力も相まって反転した男の身体が背中から床に叩きつけられる。

椅子を振り上げた最後の1人の攻撃をかわし、足払いをかけてやった。

情けなくも仲間の上に倒れた男は、慌てて身を起こそうとしたが、鼻先に迫った靴底に息を呑んだ。

「ヒっ!!」」
「またのご来店、お待ちしております」

空を切った一撃を寸で止められ、哀れにも意識を保ったままの男は、ガクガクと首を縦に振ったのだった。




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