匂やかな出会い。
「大丈夫か?」
清潔なシーツに身を沈める白銀の男に、少年はグラスを差し出した。
閉ざしていた瞼をそっと持ち上げる彼の面は、体調不良のせいが常よりも儚げで。
美貌が際立って見えるのが皮肉である。
雪の眠るベッド端に腰をかけると、衣織は心配そうに彼を見つめていた。
楼蘭族の手配した船は何の障害もなく二人の身体を西の大地へと運んでくれた。
西国イルビナが首都レッセンブルグ。
敵のお膝元とあって警戒もしていたが、至る所で姿を見つけた軍人たちは、どうやらこちらのことを知らないらしく、堂々と正面を通り過ぎようが何を言われることもなかった。
振り返ってみれば、自分たちと遭遇したイルビナ軍勢は皆高官ばかりで、末端には話されていないのかもしれない。
港を出て街に入ってもそれは変わらず、ほっと警戒を解き、さてこれからどうしようかと術師を仰いだ少年は、ただでさえ白い肌を蒼白にしている男に目を剥いた。
明らかに様子のおかしい彼を支えながら、すぐさま宿を取り現在に至るというわけだ。
「悪い」
「気にすんなって」
落とされた謝罪の言葉に苦笑で返す。
珍しい術師の様子は貴重で、こちらとしては新たな一面を見ることが出来たと、不謹慎な思いもあったりするのだから。
「疲れでも溜まってたんじゃねぇの?」
空になったグラスを受け取りながら言えば、緩く首が振られる。
拍子に銀の髪がパサパサとシーツの上で乱された。
「なんか心当たりでもあんの?船酔い…ってわけじゃないだろうし」
銀糸の髪を撫でるように梳きながら、尋ねる。
過去の船旅で彼が酔ったところなど見たことはない。
だいたい地に降り立ってから気分を崩したのだから、それはないだろう。
髪を弄んでいた手をそのまま額に当ててみるが、熱もなかった。
「異常なんだ……」
零された囁きは意味を捉えられぬもの。
きゅっと額に置いたままの手を握られて、衣織は少し驚いた。
まるで甘えるような仕草だ。
僅かな気恥ずかしさを覚えるも、術師の好きにさせてやる。
「エレメントに当てられた」
「え……」
過去の出来事が脳裏に蘇る。
以前にもこんなことがなかっただろうか。
あれは確か、熱砂の国。
今回のように雪の不調を間近にすることはなかったけれど、確かに彼は言った。
翔の目論見が露見し、事の全貌を話した露草邸で。
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