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「何かご用でしょうか?」
刺々しい神楽の声に、碧が鋭い犬歯を覗かせる。
自分の反応が彼を楽しませているだけだと悟れば、ただでさえ腹に巣くっていた苛立ちが成長した。
「任務を終えて来たばかりの上官にかける言葉がそれかよ」
「あぁ、雪=華真の説得に失敗したとか…。加えて強制連行も出来なかったのでしょう?『任務完了』お疲れ様でした」
火澄から聞いていた結果は、ダブリアに派遣された時の紫倉に勝るとも劣らない悲惨さだ。
この男が任務を失敗したのには驚いたが、今の神楽には絶好の攻撃材料になってくれた。
しかし、痛烈な皮肉にも中将は喉の奥を鳴らすだけ。
それが益々こちらの気を逆撫でする。
「やけに突っかかるな。しばらく会えなかったからキレてんのか?」
「早くもボケましたか?退役処理はこちらでして差し上げますよ」
「可愛くねぇ」
「貴方にそう思われたら一生の汚点です」
見当違いも甚だしい台詞に、嫌味なほど綺麗な笑みで返してやった。
寝言は寝て言えと、心底思う。
彼に心酔している部下ならばまだしも、自分にそれを言う上官の神経が分からない。
思わず神楽の眉間にシワが寄る。
「今はまだ、この結果でよかったかもしれませんね」
「あぁ?」
トンッと軽い反動で壁から身を起こした碧の顔から、人を食ったような笑みが消え、代わりに訝しげな表情が浮かぶ。
火澄からの命令では、交渉に応じなかった場合は実力で連行しろと言われていた。
それがどうして。
「交渉し尽くしていない段階で、華真族を強制連行するのは得策ではないと言っているんです。私たちは説得する努力を怠るべきではない。貴方のことです、話すらほとんどしていないでしょう?」
「うるせぇよ」
神楽にはシンラでの彼の行動が容易くイメージ出来る。
嘲りも露にもう少し何か言ってやろうとしたとき、ふと碧の右腕が目に入った。
袖口から覗く真っ白い包帯が、手の甲を覆っているではないか。
「…お怪我でも?」
珍しいこともあるものだと、眼鏡の奥で僅かに瞠目する青年に、男は思い出したように袖をたくし上げた。
「まぁな」
肘の辺りまで伸びる純白の布を確認した神楽は、自分の予想が当たっていたのだと思い至った。
この戦闘狂が、と呆れた眼で見やれば、当の本人はニヤリと満足そうな笑みを浮かべている。
脳裏に描くは東の大地で出会った戦の神。
「もう1人となら、沢山話したな」
「何をやったんですか、貴方……」
眼鏡のブリッジを押し上げながら、溜め息交じりに聞いてみる。
言われずとも読めていたが。
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