□
「蓮璃?」
彼女の張り詰めた表情に不穏なものを感じ、衣織は訝しげな視線を投げたのだが。
「やだぁっ、もの凄い美形じゃない!」
「は?」
思わず目が点になった。
「はじめまして、こんな汚い店でごめんなさいね。店主の蓮璃よ」
「とんでもない。貴方のようにお美しい方が営む店を、誰がそのように思いますか。私は雪=華真と申します」
「はぁっ!?」
素っ頓狂な声を上げる衣織の視線は、『廻る者』――雪=華真に注がれた。
「なんだ?」
白銀の男は煩そうにこちらを見やる。
「お前、そういう性格なのかっ!?」
「そういう性格、とは?」
蓮璃に向けられる彼の表情は、端整な面に相応しい上品な微笑。
背後に花でも背負ってしまいそうなそれに、瞠目してしまう。
「そうか、分かった。お前はそういうタイプの人間だったんだな」
「どういう意味だ」
「いや。別に?お気になさらずに、ミスター猫かぶり」
笑顔の大安売りで蓮璃に自己紹介をした彼は、自分に接していたときとはえらい違いである。
少々やさぐれた気分で、ワザとらしく言ってやった。
「俺には名乗りもしなかったくせに。蓮璃には自分から教えんのな」
「何を不機嫌になっている」
「べーつーにー」
不機嫌になどなっていない。
なる理由なんて見当たらない。
ただ、彼のこれ見よがしな二面性が気に食わないだけだ。
「こら、衣織。そんな言い方よしなさいよ。ごめんなさいね」
二歳年上の蓮璃は、まるで姉のように衣織をたしなめる。
申し訳なさそうな表情を作ると、雪にカウンターの椅子を勧めた。
「いいえ。気にしていません」
「ソーデスカ。そら、どうも」
「衣織っ」
ピシャリと言われて、さすがの衣織も口を閉ざした。
蓮璃には逆らえない。
代わりに、ジロリと横目を流してやった。
気づいた雪は、呆れた風に嘆息をしてから。
「お前も名乗らなかっただろう?」
「あ……」
忘れていた。
衣織だってまだきちんと名乗っていないのに、彼だけを一方的に責めてしまった。
自分の方がよっぽど礼儀知らずである。
- 18 -
[*←] | [→#]
[back][bkm]