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飛空挺開発はいよいよ大詰めで、そう長い時間を待たずに軍用機として使用出来るだろう。
にも拘らず、開発スピードを上げろというのは、何か理由があるとしか思えない。
数年前から床についたままの男を見れば、大体の予想はついたが。
「間に合わせたいのだ」
「蒼牙元帥?」
「軍属になったのもそのため……」
どこか遠くを見つめる西国イルビナ最高指導者は、滾る情熱を全身から噴出しているようで、呼応するかのように空気が震えた。
「何か目的でも?」
やんわりと問いかけると、蒼牙は薄っすらと酷薄な笑みを浮かべ、折れてしまいそうな手で神楽の手首を掴み引き寄せた。
「――っ」
老いた頼りないそれからは想像出来ぬ腕力に、思わずバランスを崩して寝台に膝を乗り上げる青年の眼前に、仄暗い輝きを見せる碧眼が突きつけられる。
「私の野望のためだよ、神楽」
深淵の底を思わせる不気味さが、若人の背筋を駆け上がった。
大蛇を思わせる眼にゾワリと身内が騒ぐ。
しかし不躾な手に滑らかな頬を撫ぜられるや、神楽はすぐさま強張った面に笑顔を貼り付けた。
己が身に迫った危機に、固まった回路が瞬間的に動き出す。
「…では、蒼牙様の野望のために、私も仕事に戻りましょう」
ごく自然な動作で老人の手を外させると、そのまま扉へと足を向ける。
神楽の内心など見透かしたように、老人は瞳に愉快そうな感情を浮かべていたが、けれど何かを言うこともなかった。
「お大事になさって下さいね」
気遣う言葉を頭を下げつつ述べるや、神楽は振り返ることなく部屋を後にした。
不自然にならない程度の速度で歩を進め、繋がっている元帥の執務室の扉を出る。
途端、彼の儚げな美貌が顰められた。
舌打ちをしたい衝動を何とか堪えるが、右頬のこびりついたような感触が不快で仕方ない。
病人は病人らしくしていればいいものを。
胸中だけで吐き捨てると、大きな溜め息を一つ。
気持ちを切り替えるように不快感を無表情で覆い隠し、歩き出した神楽は数歩で再び足を止めた。
「よぉ」
「…これは碧中将、蒼牙元帥でしたら中にいらっしゃいますよ」
何でこのタイミングで遭遇するのだろうか。
最も会いたくなかった男は、壁によりかかるように立っていた。
エメラルドの双眸が楽しそうな色を浮かべている。
「ジジィの相手するより、俺の方がいいだろ?」
素知らぬ顔で前を通り過ぎようとしたのだが、当然この男が黙って眺めているわけがなかった。
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