西国イルビナ。




窓の外には夜に向かう西の都。

理路整然と区画分けされた街は芸術的で、賑々しい中央街ですら決然としている。

勿論、実際に足を運べば市街地図にはない路地や不法な店があるのだが、こうして地上より遥かに高い目線で見下ろせば、そんなものは目に映らない。

道を歩く市民などチェス駒以下の大きさだ。

特に何を思うでもない景色から目をそらすと、青年は繊細な造りの面に艶やかな笑みを乗せ背後を振り返った。

広々とした室内には天蓋付の寝台があるだけで、ここが誰かの寝室だということは言わずもがな。

赤い軍服の裾を翻し唯一の家具に近寄りながら、神楽は上半身だけを起こして自分が作成した報告書に目を通す男に話しかけた。

「先日シンラへの移動に使用した試作機ですが、東国のエレメント濃度下でも異常なく飛行出来ました。ただ、それは飛行についてのみで、風精霊の反応に若干のブレがありました。現在、改良を進めています」
「…そうか」

応じた深みのある渋い声は擦れていたが、一言にずしりと重量感がある。

長い月日を彷彿とさせる奥行きのある音は、時折コホンと小さな咳で途切れてしまうも、強い意志が感じられるものだ。

枯れ枝のように細い老人は、凡そ外見に似つかわしくない爬虫類を思わせる鋭い眼差しを、傍らに立った少将に注いだ。

「開発速度を上げさせろ。プロトタイプが出来上がり次第量産に入れ」
「技術面でまだ不安がありますが、善処致します。…お急ぎのようですね?」
「……あぁ」

眼鏡の内側で、青みがかった黒目がすっと眇められる。




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