美しき人。




「もう、行かれるのですか?」

蘇次に挨拶をしに行くと、心底残念そうな顔をしてくれた。

花突での儀式をしてしまったのだから、出立するのは仕方ないのだが、主君とも言える華真族がいなくなるのは複雑な気分なのだろう。

それでも引き止めるわけにもいかず、楼蘭族長は寂しさの混じった笑顔を浮かべた。

青い瞳が優しい色を灯す。

「世話になった」
「いいえ。我々は当然のことをしたまでです。むしろ、こちらの問題にお手を煩わせてしまい申し訳ありませんでした」
「気にするな」

少年の花嫁姿を見れたのだから、むしろお礼を言いたいぐらいだが、それは胸の内に留める。

「また港まで行くなら、街見たいんだけど」
「こちらで船を手配したので、王都へは行きません。少しお時間を取りましょうか?」
「え、そうなのか?ありがと、でもいいよ」

蘇次の気遣いに感謝しつつも、我侭を言ってしまったかと胸中で舌を出す。

そう言えば、次の目的地はどこなのだろう。

シンラはネイドとの貿易船しか通っておらず、こちらに来る時はそれに乗って来たのだが、楼蘭が用意してくれたのだと言うなら、また南国に戻るわけではないのだろう。

ダブリア、ネイド、シンラと来れば、もう後は一つしか残っていない。

四つの大陸をそれぞれ一つの国が治めているこの世界なのだから。

「まさか、イルビナ?」

小さな呟きは傍らの雪には届いていたらしく、金色の瞳が肯定の意を表した。

途端、衣織の顔が顰められる。

西国イルビナと言えば、思い出せるのは。

「セクハラ緑じゃねぇかよ……」
「どうした?」
「い、いや、なんでもないっ。ほら、敵の国に行くのって危ねぇよなって思ってさ」

よもや言えるわけがないだろう。

地下通路であった出来事は、自分の胸の内だけに隠しておきたい。

わざわざ報告してあらぬ誤解を受けるのも面倒だ。

特に追求はされなかったことで、衣織はひっそりと胸を撫で下ろした。

その様子を術師が見ていたことにも気付かずに。

「じゃ、そろそろ行くか」
「あぁ」

応接間を出て蘇次に見送られるまま、水精霊の術がかけられた里の入り口にさしかかったとき、背中に高い叫び声がぶつけられた。

「お待ち下さいっ!!」
「げ……」

肩で息をしながら青い海のような長い髪を揺らすのは、今朝負かしたばかりの女。

リベンジにでも訪れたのだろうかと、少年は腹の底に来る重みに眉を寄せた。

「香煉っ、どこに行っていたのだ。華真様が出立なさると言うのに……」
「申し訳ございません」




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