「ありがとな……」

恐らくはもう、衣織はあの刃を抜ける。

何もかもを細い双肩に担ぐ決意をした、自分には。

そっと眠る雪の頬に唇を落としたとき、シーツから伸びた両腕が少年の腰を攫った。

「うわっ」
「どこに行っていた?」
「起きてたのかよ」

僅かに擦れた寝起きの声に意味もなく心臓を跳ねさせながら、雪の腕の中で溜め息を吐き出す。

こちらを覗き込んで来る術師の眼は、限りなく優しい色を帯びて、どうにか繕った無表情は今にも崩れそうだ。

「目覚めたら隣にお前が居なかった」
「ちょっと出てただけ。いいから離せよ、まだ早いんだから俺、二度寝する」
「どこに……」
「……なんだよ?」

途中で言葉を途切れさせた雪を怪訝そうに見やった後、彼の視線が自分が羽織った白いローブに注がれているのを認識して、衣織は顔を真っ赤に染め上げた。

茹蛸状態の少年に、男は意地の悪い笑みを浮かべる。

「それは誰のローブだ?」
「寒かったからだっ!!他意はねぇっ」

つい先ほど、ローブを使って勝利宣言をして来ただけに、物凄く恥ずかしい。

香煉にやってみせたパフォーマンスでは、術師の所有権を主張したようなものだ。

焦る衣織の内心を知ってか知らずか、雪は双眸に艶めいた光を乗せると、少年の体を己の下に抱き込んだ。

こちらと違って雪はまだ衣服を身に着けていないので、余計に気恥ずかしい。

「ちょっ、離せバカっ」
「遠慮するな。ローブを持って行くほど、俺から離れ難かったのだろう?」
「違げぇっ、変な解釈すんなっ」

あたふた抗う様を見下ろす男は、ひどく楽しそうに見える。

妙な対抗心でカチンッと来た。

「そう言うあんたこそ、俺がいなくて寂しかったんだろ?」
「あたり前だ」
「……本気で返すなよ」

勝てない。

諦めたように大げさな溜め息を吐いてみせると、衣織は自ら術師の首に腕を回した。

後頭部に手を差し込みぐっと引き寄せ、軽いキスを仕掛けてやる。

「俺、マジで眠いから変なことすんなよ」
「……」
「返事は?」

強気な瞳が上目遣いになっているのが、分かっているのだろうか。

簡単だとは分かっていても、術師は鼓動を一つ高鳴らせて目元に朱を走らせたのを悟られないように、コクコクと頷いた。




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