恋人たちの微睡。
少しやり過ぎたか、と神殿を後にした少年は離れへの道を歩きながら苦笑を零した。
渡り廊下に出れば、ひんやりとした空気が高ぶっていた気を静めてくれる。
冷静な頭で考えれば、先ほど言葉を交わした相手が気の毒になって来て。
たまたま想い人が被ってしまっただけなのだ。
自らの恋路の障害となるものは取り除く。
彼女の取った行動は、人間として当然とも言える。
恋愛戦争において非常に有効な手段だっただろう。
だが、やはり腹が立ったのも事実。
勝ち誇ったように微笑まれたのを忘れたわけではないし、許すほど寛大ではない。
自分に喧嘩を売ったのだから、アレくらいの仕返しは当然だと思い直しながら、目当ての部屋の扉を静かに開けた。
気付かれないようにそっと寝台を抜け出して来たので、部屋を出る前となんら変わらぬ室内の様子にほっと息を吐いた。
目蓋の下ろされた白皙の美貌を視界に入れると、衣織はベッドの端に腰かけた。
上等の家具は二人分の体重にも揺らぐことがない。
シーツに散った銀髪をサラリと梳きながら、衣織はぼんやりと内側の世界に意識を向けた。
――お前が何を背負っていようとも構わない。罪も咎もお前を形作る一つなら、全てを受け入れる
昨夜言われた真摯な告白。
自分の穢れた過去を吐き出しても、受け止めてくれた男に堪らない至福を感じた。
我知らず自然と口元が緩やかに綻ぶ。
ずっと心の中に閉じ込めておきたかった。
濃い血の香りが立ち上る、醜悪な罪を。
紅の刃を封印することは、それを意味していた。
誰の目にも留まらぬように。
誰の手にも触れられぬように。
己から遠ざけて、遠ざけて。
けれど、雪に語ったことで気が付いた。
それはまるで、自分の犯した罪をなかったものにしようとしているのではないかと。
ただ所有しているに過ぎず、最早意識の外に閉め出してしまっているのならば、どうして罪を認めているといえようか。
まるで乗り越えてなどいなかった。
ただ忘れようと必死に足掻いていただけのこと。
しかしようやく、衣織は紅の短刀を受け入れることが出来た。
罪の証を手にし、暗闇から目をそらさぬ覚悟が出来た。
雪が認めてくれたから。
受け入れてくれたから。
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