泣き腫らした顔の衣織と、対面するのが楽しみでならない。

男のくせに華真様に取り入ろうとするからだと、香煉は唇を吊り上げた。

清浄な空気を感じながら部屋の中央まで足を進めたとき、女は悠然と佇む華奢な人影に気が付いた。

思わず立ち止まる。

「朝早いんだな」
「……何か?」

先客の正体は、今しがた脳裏に描いていた人物であった。

強張った頬をどうにか緩めて尋ねると、少年は羽織った大きな白い布を引きずりながら、こちらに近付いて来る。

その瞳は少し腫れぼったくて、香煉は内心ほくそ笑んだ。

こちらの優位は確定しているのだから、悪足掻きくらいさせてやろうか。

けれど、一メートル程の距離を保って歩みを止めた衣織の瞳には、以前のように強気な光が宿っていた。

昨夜の絶望など、どこにも見られなくて、内心で首を傾げた。

「俺の職業は前に教えたよな?」
「それがどうかしましたか?」
「今日はさ、俺の座右の銘を教えてやろうかと思って」
「何を……」

鼻で笑ったと言うのに、少年は気を悪くした様子も見せず、ただ纏っている白を口元に寄せた。

「コレ、なんだと思う?」
「え?」

ただの布だろう。

それが何だと言うのだ。

だが何かが引っかかり、香煉は目を眇めて注意深く観察する。

察するや、女は息を呑んだ。

違う。

アレは―――

「俺の座右の銘は『やられたら万倍に返せ』だよ」

そう残すと、衣織は雪のローブを翻しながら、硬直する香煉の横を通り過ぎた。

「お、お待ちなさいっ!!」

何とか捻り出した叫びと共に振り返ったときには、神殿の冷たい空間には彼女一人だけ。

整えられた爪が掌の皮を痛めつける。

衣織の行動の意味が分からないほど、香煉は愚かではなかった。

術師のローブに口付けた少年は、これまでの彼とは別人のようで。

信じられない。

信じたくない。

「どうしてっ……」

震える唇から零れた声は無様に揺らいでしまう。




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