夢の終わり。




SIDE:香煉

香煉の機嫌はすこぶる良かった。

微かなメロディーを口ずさみながら、まだ朝靄の残る時分に日課の祈りを捧げようと、神殿へと足を踏み入れる。

昨日の衣織という少年の姿は、実に愉快であった。

肩を震わせながら蒼白な顔を強張らせて。

本当は、あそこまで嫌味なことをするつもりはなかった。

あの少年が雪を慕っているのはすぐに知れたものの、想いを伝えた様子は見受けられなかったからだ。

てっきり術師の優しさを勘違いして、衣織が勝手に熱を上げているものだと思ったのだが、けれどそうではなかった。

衣織を自分の身代として城に送り出した後、香煉はここぞとばかりに雪にある申し出をしたのだ。


――あの少年の代わりに、私を花突までのお供にして頂けませんか?


楼蘭である自分ならばそれが本来の役目でもあるし、何より長い時間彼と居られたらと考えたのである。

しかし雪の反応は冷ややかだった。

感情のない金色の双眸でこちらを一瞥すると、「断る」と一言で切って捨てられた。


――な、なぜですかっ!?あの少年でいいのならば、私でも構わないではないですかっ!!楼蘭族として必ず華真様のお役に立ってみせますっ!!


必死に食らい付いた香煉に雪が浴びせた台詞は、彼女を逆恨みさせるだけの威力を持っていた。


――お前と衣織は違う


言葉通りに受け取れば何てことはない。

だが雪の表情が物語るのだ。

あの少年の代わりなど、誰にも務まらないのだと。

香煉などでは到底、埋められないのだと。

全身を駆け巡る羞恥と嫉妬。

勇気を必要とする申し出であった分、心は甚大な傷を負った。

衣織が憎くて憎くて堪らない。

自分はこんなにも雪を慕っているのに、寵愛を注がれているあの少年は術師を信用していないと言ったではないか。

なんて不条理なのかと。

目の前が燃えるようだった。

しかし、それも昨日までのこと。

真実を教えてやれば、雪もきっと気が付くに違いない。

誰が彼を本当に愛しているのかを。

誰が彼を信頼しているのかを。




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