あの日、母の首を切り裂いたのは誰だったのか。

振り向く顔は間違いもなく自分のもので、夜中に何度飛び起きたか知れない。

鼻腔を刺激する香りも、柄に伝わる弾力のある肉の感触も、すべて何度となく経験してきたものだからこそ、悪夢は鮮やかだった。

すっかり慣れてしまって無感動なそれらは、夢の中でだけ衣織の身内に強い恐怖と衝撃を与える。

夜の帳が降りて野営地に戻れば、待ち構える断罪の夢。

心が痩せて尖って行くにつれ、少年の憔悴は激しさを見せた。

「だんだんさ、本当に俺が父さんたちを殺したんじゃないかって。そんなわけないのに……けど、恐くてっ……」
「衣織」
「直接殺してなんかいないけど、でも、殺したも同然なのかなって……!俺、汚いっ、汚いんだっ!!」

冷静を取り繕う余裕は、いつの間にか消えていた。

肩が震えて仕方ない。

嗚咽が零れて止まらない。

誰に言うこともなかった罪の記憶を吐露すれば、大きな二つの瞳から今にも涙が溢れそうで。

誰かの命を奪うたび、刃で死んだ二人の姿が蘇る。

彼らを殺した人間と、同じように刃で誰かを殺す自分を、どんどんシンクロさせてしまう。

男の背中に己の姿が重なってしまう。

術師の下で少年は体を丸ませた。

幼子のように手足を寄せて、自分から醜い何かが噴出するのを抑えるように。

「汚いんだ、汚いんだっ。父さんたちを殺して、俺は……」
「殺していない」
「分かってるっ、けど殺したっ!!」

感情の昂ぶりが強い反論を演出する。

そう、殺してなどいない。

けれど『殺した』という意識はもう消えることはないのだ。

他の誰かを手にかけた時点で、それは衣織が一生背負って行く罪。

どんな慰めの言葉も欲してなどいない。

だけど。

端整な面が歪んで、熱い雫が頬を伝った。

「汚いけどっ……、でも、あんたのことが好きなんだよっ……!!」

こんなにも穢れている自分を、貴方は受け入れてくれるだろうか。

優しい言葉はいらないから。

同情だっていらないから。

ただ一つ求めるのは。

貴方の腕だけなのだ。

「っ!!」

雪の美しい顔が辛そうに顰められたと思ったときには、滲んだ世界が彼で満たされた。




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