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白い布に包まれたそれは細長く、所々焦げ付きで作られた穴から紅の輝きが見える。
吸い寄せられるように手にとり、包みを開ければ中から剥き身の短刀が現れた。
炎よりも更に深く濃い紅の刃を見た途端、背筋がゾワリと反応する。
けれど少年は迷わず赤い短刀を懐に収めると、そのまま脇目も振らず走り出す。
自分の体のどこにあったか分からぬ力で、ただただ足を進め。
夜になり朝になりまた夜になり、何かに導かれるように気が付けば居た。
首都ノワイトリアに君臨する、ダブリア軍総本部の前に。
「あの時のこと、はっきりとは覚えてないんだ。何かに突き動かされるままっていうか……。漠然と生きるのには金が必要だよなって思って、軍が人を募集しているのは有名だったから傭兵に志願したのかも」
十三歳の子供が入ってきたことに、誰も違和感を感じなかったことが不思議だったけれど、真実を明かせば、こびり付いた血痕と奈落の黒曜石に、異を唱えることはおろか話しかけることも出来なかったのだ。
一体どうしてそうなったのか。
明確な理由は今も答えられないが、一年も経てば紅の死神は完成されていた。
操る武器は、始まりの日に手にした紅の短刀。
十四歳にして圧倒的な実力で戦場を駆る衣織の姿に付いたは―――紅の戦神。
初めて耳にしたときには、鼻で笑ったものだ。
神だなんてよくも付けたものだ。
日々、手にした禍々しい紅の刃で、誰かの明日を奪い去る自分。
生易しい『神』というワードに、現実はそんなものじゃないと、ささくれた心で吐き捨てる。
あの男を殺した日から、少年の身に平穏が訪れることはなかったのだ。
顔も知らぬ誰かを殺せば殺すほど、目に焼きついて離れない両親の姿が呼び起こされて、次第に衣織は残虐な錯覚に囚われるようになっていた。
「斬って斬って斬って……なんかさ、だんだん誰殺してるのか分かんなくなって来て。いや、最初から相手なんか知らないんだ。ただ……」
この世界で最も愛していた大切な存在を屠った男と、自分は同じ行為をしているのだという意識が脳を侵したに違いない。
「異名が戦場で広まった辺りから、夢を見るようになったんだ。毎晩」
どんな?と雪の双眸が優しく促す。
胸が切なくなった。
穢れた過去を聞かせているというのに、彼はまるで変わらない。
金色の輝きには、嫌悪も軽蔑も嘲りも見られない。
凪いだ色でこちらを映すのだ。
喉の奥が無償に乾く。
だが話しを続けたかったから。
衣織は喉をコクリと動かすと、それを言った。
「両親を殺す夢」
毎夜襲う紅の悪夢。
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