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ダンッと大きな音を立てて、男が仰向けに倒れて行くのを見届け、そして事切れた愛しい家族の姿を視界に納めた。
唐突に引く真っ赤な激情と、入れ替わるように湧き出した恐怖に体を二つに折り曲げた。
殺した。
殺してしまった。
何か得体の知れないものが、この身を乗っ取ったわけではない。
自分が抱いた殺意は紛れもなく己のもので。
仇を討てた。
けれどそれは、自分が今殺したばかりの男と同じことをしたのだと言う証拠であった。
同じように刃を握り。
同じように命を奪った。
込み上げて来る吐き気を我慢出来ず、朝食を床の木目にぶちまければ、室内に満たされた濃い血臭と合わさって独特の匂いが少年の涙腺を破壊した。
ぼたぼたと流れる涙でぼやけた視界に、もう一度両親を映す。
本当は縋りつきたかった。
大声を上げて彼らの死を拒絶するように、縋っていたかった。
しかし、自分にその資格がないことを衣織は自然に理解していた。
「俺は父さんや、母さんを殺したヤツと同類になった」
「衣織」
「どんだけ憎くても、俺はその憎いヤツと同じなんだから、父さんたちに頼ることなんて出来なかった」
「だが……」
何かを言おうとする雪の口を、咄嗟に手で塞いだ。
慰めが欲しいわけではない。
ただ、聞いて欲しかったから。
何も言うなと。
それを察したのか、雪はすんなりと口を閉ざしてくれて、衣織は目だけで「ありがとう」と礼を言う。
今にも泣き出しそうな、脆い笑顔で。
「……その後は、もう無我夢中って言うの?ここから逃げなきゃって思ってさ」
反乱軍に荒らされ占領された街に、居続けることは出来なかった。
両親の亡骸を埋葬している間に、殺した男の仲間が来るかもしれないと思うと、ゆっくりしていることも出来ず、殺した男を手の皮が破けるのも構わず外に出してから、家に火を放った。
この家そのものを両親の墓にしようと、回らない頭で決めたのだ。
家が焼け落ちるのを眺めていたかったけれど、煙が上がったことで反乱軍の人間がやって来る可能性があったから、急いでその場を後にしかけた。
そのとき、爆ぜた柱の中から何かがこちらに転がってきたことに気付き足を止めた。
本当に、偶然だったのか疑いたくなるほど、図ったようなタイミングだと思った。
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