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戸惑いのままに応えると、術師の瞳がすっと細くなった。
「嫌か?」
「……」
目の前の男を卑怯だと、初めて思った。
良いかと問われれば答えは否。
けれど。
嫌かと問われても答えは否。
完全な拒絶なんて、出来ないのだ。
問いかける金色に堪えられず、無言で目を逸らすと、了承と受け取ったのか雪の唇が首筋を滑った。
「んっ……」
舐られる感触に、二の腕が粟立つ。
軽く歯を立てられれば、いよいよ始まりの気配は高まった。
このまま抵抗をしなければ、自分の全てを彼の前に晒け出すことになるのだろうか。
身体のみならず、きっと心まで。
本当に『全て』を。
そう思った途端、衣織は氷の刃を突き付けられた錯覚を覚えた。
「やめろっ……!!」
「衣織?」
突然激しい抗いを見せた少年に、雪は怪訝そうに顔を顰めた。
駄目だ。
やはり駄目だ。
彼にすべてを見せるわけにはいかない。
自分の何もかもを提示することなど、出来ない。
鉛が喉を通ったような重苦しい感情に支配される。
「離せっ」
腕を突っぱね身を捩るこちらに驚きながらも、雪は器用に四肢の動きを封印した。
いきなりどうしたと、その瞳が問いかける。
それほどまでに、嫌なのだろうか。
今更、男同士というのが問題になったのではあるまい。
胸中だけで首を捻る術師は、一つも見逃すことのないように衣織を注視した。
「頼むから、マジでやめろっ。無理なんだっ!!」
「何が?」
「あんたに全部晒すのがっ!!」
動けなくなろうとも、衣織の勢いは止まらない。
むしろ酷くなったようだ。
けれど、正気を忘れているわけでもなかった。
正気だからこそ、強く抵抗をしているのだ。
雪に軽蔑されることを、冷静に予感して。
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