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「ちょ、雪、苦し……」
「好きだ」
え?
耳元で囁かれた言葉は、一体なんだったのだろう。
聞き逃したはずもないのに、衣織は理解することが出来ない。
違う。
自分に都合の良すぎる囁きを、体が無意識に跳ね除けてしまうのだ。
だって、そうでもしなければ。
勘違いをしてしまう。
自分の望むように解釈してしまう。
引きつった笑い声を上げようとした。
なんて自分は御目出度いのかと。
なのに。
「好きだ」
もう一度吹き込まれた告白に、そこでようやく少年は意味を捉えた。
「……マジ?」
誰が、誰を好き?
雪が、自分を好き?
零れ落ちそうなほどに見開かれた目。
本当に。
勘違いではない?
「衣織が好きだ」
「それ、マジで言ってる?」
綺麗な綺麗な存在が。
自分を好きだと言ったことが、信じられない。
拘束が緩み顔を見合わせると、不機嫌そうな彼とぶつかった。
「信用出来ないか?」
「いや、だって……」
「やはり俺のことを信用していないんだな」
「違うけど、でもっ」
そうじゃない。
そうじゃないけれど。
降って湧いたような幸せを、消化できない。
戸惑いに闇色の虹彩が揺れた。
「信じろ」
「雪……」
「頼むから、信じてくれ」
必死に見詰めて来る存在に、衣織の眼が驚愕に見開かれた。
彼の金色の眼が、どうしてか泣き出してしまいそうに見える。
縋るような必死さが、腰に回された手から身内に流れ込む。
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