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突然とは言え和泉の来訪は、今の少年にとって非常に有難かった。
ささくれ立っていた心に、少しだけ平穏が訪れる。
「で?どうしたんだよ、こんな時間に」
「衣織さんにお礼を言いたくて」
夕刻に楼蘭の里へ訪れた和泉は、婚約破棄の旨を蘇次に伝え、また彼からは華真族が訪れたことを教えられた。
その帰りに、和泉は一人帰路につく隊を離れ、こちらに舞い戻ってきたのだという。
立場を考えぬ行動に、衣織は大きな溜め息を吐いた。
「あんた、それバレたらヤバイんじゃねぇの?今頃、城も大騒ぎだろ」
「側近には伝えてありますから、ご心配なく。……」
「んだよ?」
不意にじっと見つめられて、アメジストの瞳を不思議そうに見返すと、和泉が感心したかのように言った。
「いえ、本当に男性だったんですね」
「はっ!?」
花嫁衣裳を脱ぎ普段通りの格好に戻った衣織は、端整な顔とはいえきちんと真実の性別に見える。
まさか城で話したことを信じていなかったのだろうかと、据わった目線を送れば、和泉は慌てて首を横に振った。
「違いますっ。ただ、実感として湧かなかったもので……」
申し訳ない、と素直に謝られてしまえば文句も言えまい。
衣織は自分の分の茶をぐっと飲み干して、本題を促した。
「で、話したいことって?」
「あぁ、そうでした。実は国王……父が、自殺を図りました」
「はぁっ!?」
今、目の前の男は何と言ったのだろうか。
あっさりと口にした言葉は、その口調に反してとても重大な出来事。
国王が自殺?
一国を治める立場の人間がやって許される行為ではない。
有り得ない話しに、衣織は思わず身を乗り出した。
「幸い命に別状はありませんでした」
「けどっ」
「えぇ、父がやったことは王族として許されないことです。あまりに無責任で、他の誰であろうと『国王』していいはずがなかった」
膝の上で組まれた手に一瞬だけギリッと力が込められる。
「けれど、それはどうでもいい。私は、父がそれほどまでに思い悩んでいたと知らなかった。本当に……貴方の言う通りだったと痛感しました」
「和泉……」
苦く笑う王子に、衣織は何とも言えない気持ちになった。
自分の父親との確執は、和泉が自ら作ってしまったもので、己を責めるしかないのだから。
しかし、どんな言葉をかければいいのか考えあぐねていた衣織に向かって、彼は穏やかな笑みを浮かべた。
「貴方から貰った言葉をよく考えて、父と話しました。久しぶりに。私がどう思っていたのか、隠さずに全て」
国王をどう見ていたのか。
何を思っていたのか。
抱いていたありのままの気持ちを、ぶつけたのだと。
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