苛立たしげに憎悪を浮かべる香煉の眼を見たとき、違和感の答えは知れた。

「やはり貴方は、華真様に相応しくないっ」

ヒステリックな叫びと共に、再び振り上げられたか細い手を、しかし二度も殴られてやる気はなかった。

軽々と手首を捕まえ、痕が残らない程度の力で締め付ける。

「和泉が来たんなら、大丈夫だったろ?きちんと根回しはしておいたんだから、二度も殴られる謂れはねぇよ」
「ご自分の失態を認めないというのですかっ!?」
「あんたがただ『一族に迷惑をかけられた』って言う理由でキレてんなら、謝るよ。けど、違うだろ」

意味深な黒い瞳は、嫉妬に狂った香煉を追い詰めた。

カッと目元を紅潮させると、暴走した激情のままに自由な手を振り下ろす。

防ぐのは簡単だったが、眼前の女があまりに哀れで、大した威力でもないことから、少年はそっと目を閉じ衝撃に備えた。

例え見当違いで身勝手なものでも、ぶつける場がないのなら、少しくらい当たられてやるか、と思い直したのだ。

けれど、いつまで経っても自分の頬に紅葉がつくことはなかった。

「華真、様」
「止めろ」
「ですがっ……!!」

女の無様な攻撃は、背後に立つ術師によって防がれた。

衣織だけしか目に入っていなかったのか、まさに今雪に気が付いたようで、曝け出してしまった醜い姿に、慌てふためく様は悲しみを誘う。

「私は、ただ……」
「誰を傍に置くかは俺が決める。口を挟むな」
「この様な者が御身の傍に居れば、いずれ大きな災いとなりましょうっ」

雪に向き直ると、香煉は縋るような必死さで訴えかける。

それをどこか他人事のように見つめながら、少年は内心で首を傾げた。

慕う術師の近くにいる衣織の存在が、疎ましいのだとは分かったが、さてどうしてここまで懸命になるのだろうか。

彼女のメリットになるのかと考えを廻らせていると、女の唇から発せられた台詞に、少年の心は途端に凍り付くことになった。

ことごとく少年を庇う雪に焦れたのか、こちらをチラリと一瞥すると、香煉は口角を吊り上げる。

「そんなに彼がいいとおっしゃるのですか?」
「……」
「衣織さんが、華真様のことを少しも信用していなくともですか?」

無言で返すも、金色の瞳には肯定の意がありありと浮かんでいる雪に向かって、そう言い放ったのだ。


――貴方は華真様を信用していないのですか?


彼女に問われた時、返答をすることの出来なかった自分。

術師への想いをどう受け入れればいいのか悩んでいたせいなのだが、答えられなかった事実は変わらない。

しまったと舌打ちしたいのをどうにか堪え、少年は今は明確に出ている気持ちを告げようと口を開き、叶わなかった。




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