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用意してくれた楼蘭には申し訳ないが、不可抗力だろう。
伸びをしながら深い深呼吸。
やっぱり地上はいい。
花突への入り口は草原の中にひっそりと設けられており、ほど近くに楼蘭の神殿が見えた。
一人さっさと歩き出そうとした衣織は、じっと考え深げにこちらを見つめてくる相手に、怪訝な表情を向けた。
「んだよ?」
「いや。足、綺麗だな」
「あんたも注目ポイントそこなのかよ……」
自作スリットから見えるしなやかな足は、確かに素晴らしいのだが、少年としては泣きたい気分だ。
怒鳴る元気もない。
ガクリと項垂れた衣織は、自分の溢した台詞に雪の秀麗な面が、ピクリと反応したことに気付けなかった。
「『も』?」
「あ?何、今度は?」
疲れた顔を向けた先では、どうしてか硬い表情の彼。
その無表情は実に美しいのだが、如何せん纏う雰囲気が寒すぎる。
「他に、誰に言われた?」
「は、え、や、別に……」
走る悪寒にひたすら冷や汗を流しつつ、少しずつ距離を詰める雪から逃げようとする。
けれど、鋭さを増した金色の輝きに、全身の筋肉は金縛りにあったかのように、動けなくなってしまった。
「お前、地下は一人だったか?」
「それは、な。まぁ、なんつーか……」
碧と一緒に居た、とはどうしたって言えない空気である。
術師の長い足によって、どんどん二人を隔てる隙間が埋まって行く。
「衣織」
上手い言い逃れはないかと、必死に思考を廻らす少年を助けたのは、第三者の登場だった。
「どういうことですか?」
「は?あぁ、あんた……」
はっと顔を向けた先にいたのは、夜風に青い髪を靡かせる香煉だった。
彼女は強張った面持ちでこちらまで足を進めると、不思議そうにする衣織の頬を、思いっきり叩いた。
パンッと乾いた音が、周囲に響く。
「はっ!?いきなり何っ……」
「どういうおつもりなんですかっ!?まさか王族側に正体を知られるだなんてっ。城の兵が楼蘭の里にまでやって来ました。和泉様がいらっしゃらなければ、一体どうなっていたかっ」
捲くし立てるように糾弾する女の様子に、少年はヒリヒリと痛む頬もそのまま、険しい表情を作った。
全身から怒りを迸らせる姿に、妙な違和感を感じるのだ。
「貴方のせいで、こちらがどれほど迷惑を被ったのか、お考えになったらどうですっ!?」
反論を許さぬ勢いで、尚も語気も荒く吐き出し続ける女に、彼女の背後にいる雪が不愉快そうに眉根を寄せる。
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