ただ自分だけを。

「ん」

小さく返事をする自分の足は、一変してあんまりにも軽い。

相手の何気ない言動に感情が振り回される。

恋とはなんとも厄介だ。

苦笑をする隣に来た少年に男は首を傾げながらも、ローブから藍色の小さな袋を取り出した。

それはもう、何度か目にしたもので、答えが弾き出される。

「もしかして、ここが……」
「『花突』だ」

足を運んだ先々で、彼が決まって行って来たこと。

それは『花突』と呼ばれるポイントで行われていたのだ。

つまり、術師が今から始まることをする場所が、花突。

袋から小さな黒水晶を取り出すと、衣織はコクリと喉を鳴らした。

ただでさえ静かだった世界から、完璧に音が消失する。

まるで何かの膜が張られたようだ。


「花の流れの同胞よ 汝が背負いし春の地に」


投げられた水晶が虚空に浮かぶ。

何度見ても不思議な『儀式』。

静謐さを漂わせる雪からは、ある種の威厳すら感じる。


「贖罪の記憶、焔の言葉、紡がれる告解と共に」


瞬間的に目を覆うほどの光が溢れ、退いた後には巨大な黒水晶が床に突き刺さっている。

ふと脳裏に蘇ったのは、雪の胸に下がる透明な水晶。

今目の前にあるものと色は違えどよく似ている。

あの水晶も、このように巨大化するのだろうか。


「花の御許に眠れ」


関連して溢れ出て来たのは、術師に突き飛ばされたビジョン。

大切なものなのだろうか。

ぼんやりと考えている衣織の前で、水晶がとぷんっと波紋を描きながら床に呑まれると、儀式は終了した。

「どうした?」
「え?あ、や、何でもない」

ぼーとしてた、と笑顔を作ると術師が苦笑いと共に、ポスッと頭に手を乗せる。

優しい手つきに視線を上げると、同じくらい温かな眼差しが自分を見つめていた。

「戻るぞ」
「ん」

本当に、どういうつもりなのだろう。

彼に恋心を抱く己の態度が変わるのは分かるが、雪までどこかこれまでの様子と違う。

甘く疼く心が、少年を何とも言えない気持ちにさせる。

自然と零れた微笑を向けると、再び繋がれた術師の手に微かに力が込められた。




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