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柔らかく穏やかなそれに、顔が瞬間的に爆発する。
何だ。
何だ今の甘い顔は。
ドッドッと血液の流れに異常をきたす。
すべてを包み込むような神々しい笑顔から、衣織は思い切り顔を背けた。
見てはいけない。
破壊力が凄まじい。
「何だ、それは?」
途端、地を這うような低音が鼓膜を振るわせた。
繋いだ手に力がこめられ、ギリギリと骨が悲鳴を上げる。
「いっ……馬鹿っ!!」
「だったらこちらを向け」
「嫌だっつってんだろっ……だぁっっ!!痛てぇ、クソ術師っ!!」
待ち構えているであろう鬼の形相を思い描きながら、けれど痛みで灯った怒りを携え、少年はキッと強気な瞳を雪にぶつけた。
次の瞬間。
「んっ」
掠め取るように奪われた唇。
触れるだけの軽い感触は、一秒にも満たないだろう。
しかし衣織は、みるみる顔に血を上らせ、空いている手の甲で口を押さえた。
「な、何考えっ……!!」
「……っ」
自分でも考えられないくらいに、純情な反応。
笑いを噛み殺して肩を震わせる男に、からかわれたのだと悟る。
「あんた、考えらんねぇくらい性格悪ぃ」
「悪……っ……」
「最後まで言えてねぇよっ!!」
怒鳴る少年に更に肩の震えを強くすると、雪はようやく笑いを収めた。
当然のことながら、衣織の顔は憮然としている。
対する術師はなぜかご機嫌だ。
「くそっ」
「怒るな。ほら、もう着く」
「だから、どこにだよっ!!」
言い返したのと、狭い通路から広々とした空間に出たのは、ほぼ同時だった。
ぽっかりと空いた世界は、閑散としており何もない。
ここが何だと言うのかと尋ねようと雪を見上げた衣織は、そっと離れて行く彼に僅かな喪失感を覚えた。
急に寂しくなった右手。
じっと見つめていると、部屋の中央まで足を進めた彼がこちらを振り返った。
「来い」
金色の眼が、自分を映す。
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