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物凄い体積に、きっと二人の体は押し潰されたのだろう。
枯れた草の見える男の足元と、すぐ近くに見える小さな丘のような雪。
「詠唱破棄っ!?」
衣織は七人目の頚椎を砕きながら、目を見開いた。
仲間を襲った雪に、山賊たちの間にも衝撃が走った。
「術師かっ!?」
「嘘だろっ!?やべぇっ!」
男たちの目は衣織から金色の眼の人へと移った。
格好のチャンスとばかりに隙だらけの男たちを沈めながらも、衣織はさらに手を振る彼を視界の端に捉えたままでいた。
術師は五大精霊の力を意のままに操ることが出来ると言われる人間のことで、その希少性から各国はこぞって獲得に乗り出す。
一人の術師がいるだけで、その国の軍事力は飛躍的に上昇するからだ。
だが。
彼は襲い来る山賊に向って右手を指し振り続ける。
衣織が驚いているのはそんなことでは無かった。
術師がいくら珍しい人間兵器と言えど、会ったことが無いわけではない。
ならば何に驚いているのか。
「ぅっが……」
ゆっくりと仰向けに倒れて行ったのは、眉間に風穴を開けられた、最後の一人だった。
「ふぅっ……」
軽く息を吐くと、頬に飛び散った返り血を乱暴に拭う。
「終わったか?」
「……」
サクッと白を踏む音と共に、あの低音に呼びかけられる。
返事をせずに、彼を振りかえった衣織の瞳には、未だに拭えない驚きと、疑念。
「なんだ?」
髪一つ乱していない男の右手に、ついっと目をやってから、衣織は彼の双眸をしっかりと見据えた。
「アンタ、何者?」
「……何者、とは?」
本当に分かっていないのだろうか。
白いマントも白銀の長髪も、踊るように風に舞う。
「詠唱破棄」
「……それが?」
「そんなの、術師でもよっぽど力のあるヤツじゃなきゃ出来ない」
自分の見た術師たちは、やたらと長い呪文を唱えていたせいで、その間に首を飛ばされていた。
五大精霊の力を使うにはよっぽどの精神集中が必要らしく、使役の呪文は精神統一を兼ねていると聞いた。
だが、目の前の男は。
一つの言葉も発さずに、ただ手の動きだけでエレメントを使役した。
只者のはずが無かった。
「アンタ一体、何者なんだよ」
戦闘でかいた汗が、凍える空気で急激に冷却される。
背筋を走る悪寒を堪え、衣織はただ彼を見つめた。
男も衣織を真っ直ぐに見つめ、しばしの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「――者」
「は?」
小さな囁きに、問い返す。
金色の輝きと黒曜石がぶつかり合った。
今度こそ、耳に入った彼の台詞。
「俺は『廻る者』だ」
次の瞬間、衣織は理由も無く悟った。
それが絶対の真理のように。
聞いてはいけないことだったのだと。
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