□
罪は消せない。
使い古された台詞。
一体誰が言い始めたのであろう、滑稽な台詞。
人の感情はいつしか風化してしまう。
全てを忘却の彼方に忘れ去ってしまう。
朽ち果てた廃墟のように。
砂塵に舞う砂埃のように。
例え十字を背負っていようとも、人は重みを忘れ己が過ちなどなかったかのように居振舞う。
厚い面の皮で、お綺麗な身と信じて疑わないのだ。
人間とは何とも都合よく創られた生き物なのだろうか。
しかし、衣織が己が咎を忘れることなど、唯の一度もなかった。
どれ程強く忘れたいと願っても、決して消えることのない紅の罪。
手に馴染んだ刃を封印し、戦場から退こうと、背後からヒタヒタと迫り来る暗い血臭。
罪悪感などと一言で収めるには、到底無理のある狂おしい恐慌。
逃げられはしないのだ。
忘れられはしないのだ。
背負って生きるには、少年の双肩はあまりに頼りない。
華奢な身体で支えられるほど、衣織が抱える深い感情は優しくない。
「……さぃ、ごめ……ぃ、ごめん……っ」
小さな叫びは場所が地上ならば、風によって掻き消されていただろう。
けれど、彼が膝を抱え蹲るのは、半壊した神殿の地下通路。
狭い空間では衣織の懺悔の逃げ場など、どこにもない。
反響する己の囁きに、少年は益々身体を縮こめた。
何かから守るように自身を抱きしめる細い手は、目に見えて震えている。
その白い手中には、禍々しい紅の刃が切っ先から雫を滴らせていた。
ぴちゃん。
ぴちゃん。
水音が衣織の呼吸を詰まらせる。
ぴちゃん。
ぴちゃん。
出来上がった血溜まりが、衣織の身体を冷気で包む。
次第に強くなる震え。
短く、途切れがちになる息遣い。
そして。
真っ赤に染まった視界。
闇色の眼は、奈落の様子を見せていた。
冷静な判断など、どこに落として来たか。
麻痺した脳は、少年の右手を持ち上げる。
頭上高くに掲げられた手。
掴んだ短刀が悪魔の助言を教えてくれる。
逃れたいのだろう。
忘れたいのだろう。
どうやっても出来ぬと言うのなら。
分かるだろう?
――あぁ、そうだね。
この身など、滅びてしまえばいい。
振り下ろされた紅が、赤い飛沫を貪った。
- 184 -
[*←] | [→#]
[back][bkm]