罪は消せない。

使い古された台詞。

一体誰が言い始めたのであろう、滑稽な台詞。

人の感情はいつしか風化してしまう。

全てを忘却の彼方に忘れ去ってしまう。

朽ち果てた廃墟のように。

砂塵に舞う砂埃のように。

例え十字を背負っていようとも、人は重みを忘れ己が過ちなどなかったかのように居振舞う。

厚い面の皮で、お綺麗な身と信じて疑わないのだ。

人間とは何とも都合よく創られた生き物なのだろうか。

しかし、衣織が己が咎を忘れることなど、唯の一度もなかった。

どれ程強く忘れたいと願っても、決して消えることのない紅の罪。

手に馴染んだ刃を封印し、戦場から退こうと、背後からヒタヒタと迫り来る暗い血臭。

罪悪感などと一言で収めるには、到底無理のある狂おしい恐慌。

逃げられはしないのだ。

忘れられはしないのだ。

背負って生きるには、少年の双肩はあまりに頼りない。

華奢な身体で支えられるほど、衣織が抱える深い感情は優しくない。

「……さぃ、ごめ……ぃ、ごめん……っ」

小さな叫びは場所が地上ならば、風によって掻き消されていただろう。

けれど、彼が膝を抱え蹲るのは、半壊した神殿の地下通路。

狭い空間では衣織の懺悔の逃げ場など、どこにもない。

反響する己の囁きに、少年は益々身体を縮こめた。

何かから守るように自身を抱きしめる細い手は、目に見えて震えている。

その白い手中には、禍々しい紅の刃が切っ先から雫を滴らせていた。

ぴちゃん。

ぴちゃん。

水音が衣織の呼吸を詰まらせる。

ぴちゃん。

ぴちゃん。

出来上がった血溜まりが、衣織の身体を冷気で包む。

次第に強くなる震え。

短く、途切れがちになる息遣い。

そして。

真っ赤に染まった視界。

闇色の眼は、奈落の様子を見せていた。

冷静な判断など、どこに落として来たか。

麻痺した脳は、少年の右手を持ち上げる。

頭上高くに掲げられた手。

掴んだ短刀が悪魔の助言を教えてくれる。

逃れたいのだろう。

忘れたいのだろう。

どうやっても出来ぬと言うのなら。

分かるだろう?


――あぁ、そうだね。


この身など、滅びてしまえばいい。

振り下ろされた紅が、赤い飛沫を貪った。




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