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自分の担当は終わったと、少し離れたところから傍観する紫倉は、白銀の術師の美しい舞にしばし見蕩れてしまった。
雪が敵を倒さない理由は、実にシンプルであった。
パワーばかりでスピードのない攻撃は単調で、眠っていても避けられるだろう。
しかし、肝心の術札が見つからないのだ。
優れた観察眼で探ろうとも、どこにも見当たらない。
と、なると。
「内部」
ポツリと呟いた術師は唐突に動きを止めた。
止まった的ほど当てやすいものはない。
ゴーレムはここぞとばかりに拳を繰り出すが、それはどうしてだか雪を捉えることは出来なかった。
水精霊を使役した雪が生み出した幻術により、敵は何もない場所を必死になって攻撃しているのだから当然だ。
そんな間抜けを笑うこともなく、無表情のまますっと目蓋を閉じた。
全神経を研ぎ澄ませ、僅かばかりに発する微細な術の気配を探る。
ゴーレム如きに要するエレメントの力は本当に小さい。
砂漠に落とした針を探すような作業を、しかし雪は何の苦もなくやってのけた。
「そこか」
ゴーレムの首の付け根。
その中心に、地精霊の気配を感じ取った。
もう用はないとばかりに幻術を消すと、いきなり標的を失い困惑する石像に、雪は死刑判決を下す。
「蕾に宿れ」
淡い光彩を纏った右手を掲げ、一振り。
瞬間、風の奔流が横倒れの竜巻となって、弓矢の如くゴーレムの首を貫いた。
易々と石を粉砕する風精霊の術は強力で、頭部のみならず胴体すらも微塵に変えた。
凄まじい光景に、ぼんやりと眺めていただけの紫倉が言葉を失くす。
これほどまでの術師は、イルビナが抱える術師部隊にも存在しない。
ただの石塊に戻ったゴーレムを一瞥すると、雪は「行くぞ」と合図を送った。
それに屈辱を感じる余裕など、放心状態の彼女には一欠けらも残ってはいない。
呆然とその場から動かない女に気付くと、雪が大きな息を吐く。
衣織の身が気になる彼としては、もたついている暇などないと言うに。
「何をしている。早く……」
文句が最期まで声になることはなかった。
鼓膜を振るわせた絶叫。
「な、なんだっ!?」
通路の奥、離れてもいないが近くもない微妙な距離から聞こえてきた悲鳴に、紫倉も我に返った。
「衣織……」
一つの可能性が浮かんだのと、雪が地を蹴ったのは同時だった。
悲痛な叫びは、確かに黒髪の少年のものであったのだ。
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