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歴然とした腕力の差と、絶妙に乗せられた体重に、腕がビリビリと痺れを訴える。
けれど、ここで力を抜けばどうなるかなど明らかだった。
「なんでそっちを使わない?」
「……黙れ」
「まぁ、いいけどな。使わざるを得ない状況にしてやるよっ」
途端、受け止めていたのとは逆の刃が下方から返された。
「っ……!」
前髪を掠めた神速の光に、接近戦を回避しようと飛び退る。
だが、それを許すほど男も甘くはなかった。
長い足で衣織を追い懐に踏み込みながら、横一線の薙ぎ払い。
花嫁衣裳の白が無残にも引き裂かれる。
舌を打つ暇すら与えずランスを軸にすると、碧はブーツの先を少年の脇腹に叩き込んだ。
「かはっ……!!」
威力のある攻撃に華奢な体は吹き飛ばされ、狭い通路の壁に叩き付けられる。
不味い。
碧の実力は本物だ。
今まで対峙して来た敵の中で、これほどまでの相手はいただろうか。
碧の余裕の声がかかったのは、握り締めた柄に目を落としたときだった。
「使えよ」
少し離れた位置で、息一つ乱さず悠然と佇む男を、黒曜石の双眸が射抜く。
それを肩で受け流すと、碧はもう一度。
「使え。『紅の戦神』と殺り合ってみてぇんだよ」
正気のこそげ落ちたエメラルドに、愉快そうな色を携えて。
眼前にいるのは、本物の戦闘狂だ。
けれど、どうしたって使えるはずがない。
自分がどうなるかなど、カシュラーンで立証済みなのだ。
「……嫌だ」
頼りない反論に、碧の唇が残忍な笑みを刻んだ。
「なら、死ぬか?」
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