――紅の戦神って、お前だろ


男の言葉に、少年は荒い息を吐き出した。

蘇る記憶で脳が占領される。

浮かび上がる凄惨なビジョン。

手に残る感触。

臭い。

声。

それでもどうにか自我を保てたのは、奇跡としか言いようがない。

「違……」
「違わねぇよ」

けれど、幼子さながら弱々しい否定の台詞は、捕食者の笑みを浮かべる碧の前では、紙切れのような防御だった。

「『真っ赤に染まった姿の中で、黒目だけが静けさを保つ』。幾つもの戦場で見せる圧倒的な戦闘力は、イルビナにまで届いてたんだよ。剣から銃に持ち替えたって聞いてたが、それがまさかお前だとはな」
「黙れっ!」
「ダブリアの内乱以降、戦場から姿を消したって話だったが、術師と一緒に旅してるなんて、誰が信じるだろうなぁ?」

嫌だ。

やめろ。

封印していたかった、過去の罪。

けれど、二年の月日が流れた今でも、その名を口にする者がいる。

突きつけて来る者がいる。

分かっている。

分かっている。

間違っていたのだと。

知っていた。

恐慌状態に陥りつつある衣織に構わず、碧は一歩、また一歩と距離を詰める。

次第に狭まる空間に、少年は無意識に後退った。

「逃げんなよ」

その様子を喉奥で笑う彼は、今の状況を心底楽しんでいるかのようだ。

冷や汗が全身を伝い、呼吸が上手く出来ない。

狭い地下通路には、衣織の息遣いと二つの足音だけが、不気味なほど大きく聞こえた。

「お前に会いたかったんだ」
「な、に……」

まるで恋人に語る睦言のような、甘さを帯びた声で言われたというのに、体中を支配したのは恐怖に似た悪寒。

二の腕を擦ろうと手を持ち上げた瞬間、碧が力強く地を蹴った。

少年の怯えを嘲笑うかのように。

振り下ろされたランスを受け止めたのは、既に手にしていた短刀ではなく、シルバーに輝く銃身。




- 178 -



[*←] | [→#]
[back][bkm]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -