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――紅の戦神って、お前だろ
男の言葉に、少年は荒い息を吐き出した。
蘇る記憶で脳が占領される。
浮かび上がる凄惨なビジョン。
手に残る感触。
臭い。
声。
それでもどうにか自我を保てたのは、奇跡としか言いようがない。
「違……」
「違わねぇよ」
けれど、幼子さながら弱々しい否定の台詞は、捕食者の笑みを浮かべる碧の前では、紙切れのような防御だった。
「『真っ赤に染まった姿の中で、黒目だけが静けさを保つ』。幾つもの戦場で見せる圧倒的な戦闘力は、イルビナにまで届いてたんだよ。剣から銃に持ち替えたって聞いてたが、それがまさかお前だとはな」
「黙れっ!」
「ダブリアの内乱以降、戦場から姿を消したって話だったが、術師と一緒に旅してるなんて、誰が信じるだろうなぁ?」
嫌だ。
やめろ。
封印していたかった、過去の罪。
けれど、二年の月日が流れた今でも、その名を口にする者がいる。
突きつけて来る者がいる。
分かっている。
分かっている。
間違っていたのだと。
知っていた。
恐慌状態に陥りつつある衣織に構わず、碧は一歩、また一歩と距離を詰める。
次第に狭まる空間に、少年は無意識に後退った。
「逃げんなよ」
その様子を喉奥で笑う彼は、今の状況を心底楽しんでいるかのようだ。
冷や汗が全身を伝い、呼吸が上手く出来ない。
狭い地下通路には、衣織の息遣いと二つの足音だけが、不気味なほど大きく聞こえた。
「お前に会いたかったんだ」
「な、に……」
まるで恋人に語る睦言のような、甘さを帯びた声で言われたというのに、体中を支配したのは恐怖に似た悪寒。
二の腕を擦ろうと手を持ち上げた瞬間、碧が力強く地を蹴った。
少年の怯えを嘲笑うかのように。
振り下ろされたランスを受け止めたのは、既に手にしていた短刀ではなく、シルバーに輝く銃身。
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