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特別そこが敏感なわけでもないのだが、牙さながらの鋭い歯は、深い享楽を呼び寄せた。
華奢な身から力が抜けたのを逃さず、碧はクスリと笑みを漏らすと、右手の侵攻を強めた。
腿に巻かれたベルトには、シルバーの銃が装着されており、カツンと爪に当たって軽い音を立てる。
無機物の存在を忌々しく思いながら、ならばともう一方の足を、腰に腕を回すようにして蹂躙し始めた。
「やっ、やめ……」
ただ撫でられているだけ。
それなのに男の卑猥な手つきは、衣織の奥底に眠る快楽の種を引きずり出す。
「触るだけだ、安心しとけ」
「っざけんな……!」
眦に雫を浮かべた黒曜石が、強気な光を宿してエメラルドを睨みつけた。
碧の体内でドクンッと大きな鼓動が一つ。
鳴ったのは、その時だった。
「お前、タチ悪ぃ……」
「は?な、っぁ……っ」
意味が分からず呆けたのと、自分の耳朶を舐っていた碧の唇が首筋に噛み付いたのは、ほぼ同時だった。
性急な行為に発展した男について行けず、衣織はチリッという小さな痛みに声を上げた。
緑の頭を引き離そうと、振るえる指先で短髪に触れるが、まるで力の入らない手は添える程度だ。
だが、腿を這っていた碧の手がカツンッと何かに当たった瞬間、唐突に男の全ての動きが止まった。
銃がかかっている足ではない。
もう一方にも、何かが携帯されている。
ソレが何なのか確かめるように、碧の長い指がフォルムをなぞった。
「お前、まさか……」
「え……?な、に……」
息を乱す少年は、行為が中断されていることに気付いてないのだろう。
ぼんやりと男を見つめ返しながら、だがソレを眼前に提示された途端、意識は覚醒した。
「触るなっ!!」
碧の手に納められたソレを無理やり奪い返し、反射的に距離を取った。
ドクン、ドクンっと。
興奮とは違う冷たい血液が、頭から足先まで一気に駆け巡る。
不穏な感情に、細い四肢が弾け飛んでしまいそうだ。
押し潰されそうな重力を感じ、少年は青白くなった端整な面を強張らせた。
対立する碧は、信じられないものを見る目でこちらを凝視し、そしてすべてを理解した者だけが得られる笑みを、口元に乗せた。
「まさか、こんなとこで会えるとはな」
「やめ、ろ」
「軍に入った後だったが、色々噂は入って来てたんだよ」
「やめろっ!!」
駄目だ。
言うな。
言うな。
言わないでくれ。
けれど。
少年の懇願は無常にも聞き入れられず、魔王の如し凶悪さで碧は口を開いた。
「『紅の戦神』って、お前だろ?」
鮮血のような赤い刃を備えた短刀が、衣織の手中で鈍い狂気を香らせた。
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