戯れ。
「おい」
「なに?」
明かりの乏しい通路は、大人二人が並んで歩くのがやっとといった道幅で、時折崩壊している壁や、穴の開いた床に遭遇するものだから堪らない。
常人ならばこの闇の中で、すでに生きる希望すら失っていただろう。
けれど、幸運なことに衣織も碧も『常人』ではなかった。
「お前さ、男だよな?」
「は?あんた何言ってんだよ。俺のどこ見て女なんて……」
そこまで口にして、少年は自分が着ているものを思い出した。
戦闘と崩落で大分汚れてしまったが、白い衣装は確かに女物である。
裾が長いわりには動きやすかったことで失念していた。
「……女装趣味じゃねぇからな」
「ま、そういうことにしといてやるよ」
「だから違ぇって!」
くつくつと彼特有の笑いを零す碧に、怒鳴り返した。
まったく、とんだ誤解を受けてしまった。
それもこれも、シンラ王族のせいに他ならない。
行き場のない憤りに舌を打った衣織は、自分に注がれる視線に顔を上げた。
「んだよ?」
「いい足してんなって」
「っのクソエロ緑っ!!」
完璧なるセクハラだ。
衣織は震える拳を繰り出した。
しかし、余裕を持って掌で受け止められたかと思えば、逆に手首を取られて引き寄せられる。
ポスッと軽い音をたてて吸い込まれた先は、紅の胸。
軍服の赤を鼻先に捉え、衣織は驚愕の視線を持ち上げた。
ぶつかったのは、ニヤリと読めない笑みを浮かべる彼の面。
男の体を突っぱねようとした少年の細い左手首を、邪魔だと言わんばかりにしっかりとした威力で拘束する。
「離せっ!」
「髪、綺麗だな」
「は?何、言って……っ!?」
囁かれたと思ったら、頭に軽い感触が落とされる。
碧は黒髪の流れを辿るように、唇を滑らせた。
滑らかな感触は絹のようだ。
「あんた、何考えてんだよっ」
「さぁな」
「ふざけんのもいい加減に……ってちょ、マジでやめろっ!!」
自分で引き裂いたドレスの隙間から、彼の右手が侵入してきたことで、いよいよ衣織の脳内はパニックに陥った。
大きな手が白い腿を撫で上げる感触に、背筋が小刻みに震える。
「ほんと、頼むからやめ、ひぁっ」
「少し黙ってろ」
犬歯が耳を甘噛みした途端、少年の口からか細い悲鳴が零れ落ちた。
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