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一向に冷めぬ感情からか、雪の右手が持ち上がる。
今の彼に加減というものは皆無だ。
「雪っ!やめろっ!!」
紫倉まで殺してしまえば、もう取り返しはつかない。
気が付いたときには、衣織の身体は動いていた。
相手が術師であるなら無意味というに、雪と紫倉を結ぶ軌道上に踊り出たのだ。
死の宣告を紡ごうとしていた雪の唇は、我に返ったのか動きを止めるも、紫倉の攻撃は最早中断不可能だ。
自身に埋まるレイピアの切っ先を思い、衣織はきつく目を瞑った。
だが、凶刃が少年を襲うことは、終ぞなかった。
遠くに聞こえる落下音。
妙な浮遊感と、腰に感じる力強い感覚。
「いい根性だ」
囁かれた賞賛の言葉に、そっと目蓋を持ち上げた衣織は、信じられない現状に声を詰まらせた。
ニヤリと笑う男の腕に、抱かれていたのだ。
慌てて視線を廻らすと、数メートル離れた場所でレイピアを取り落とし手首を押さえる紫倉と、怜悧な眼光を飛ばす雪がこちらを凝視している。
「……何故生きている?」
「お前の攻撃が下手くそだったんだろ?」
くつくつと喉奥で笑う碧に、術師の二つの目が一層冷ややかなものになった。
あれほど強力な攻撃から、一体どのようにして身を守ったというのか。
先ほどの焼け跡を思い出した少年は、はっと顔を上げた。
「あんた……」
「あ?」
「あんたまさか、爆発の瞬間に逃げたのか?」
それは恐るべき瞬発力。
ギリギリまで相手に悟られずに。
一歩タイミングを外せば業火に焼かれる綱渡りをやってのけたと言うのか。
衣織の答えに、碧の笑みが深くなる。
「お前、気に入った」
「……は?」
「感謝しろよ?俺が助けてやらなきゃ、今ごろ紫倉のレイピアにぶっ刺されてたんだからな」
確かに彼の言う通りなのだが、この言い草には素直にお礼を言うことも出来ない。
大体、なぜ敵である自分を助けたりなどしたのか。
それは紫倉も同様だったのか、嫉妬と混乱が入り混じった視線を衣織に投げつけた後、縋るようなものを上官に注いだ。
「碧様、どういうおつもりですかっ!?」
まるで恋人の浮気を責める女のような口ぶりに、碧は苦笑を零した。
思わず彼女の手から剣を弾いてしまったのだが、それも不味かったようだ。
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