怒りの業火。
「どういう、ことだよ?」
碧の示した選択肢は、衣織にとってはすぐに理解出来るものではなかった。
「手を貸すって、何言ってんだ?」
自分たちを排除しに来たという当初の予想は、確かに間違いだった。
けれど、協力を要請される意味が分からない。
困惑に瞳を揺らす少年に、碧は片眉を上げた。
「なんだ、お前コイツから聞いてねぇのか?」
親指が指すのは当然、雪だ。
まただ。
己の無知は、いつも第三者によって突きつけられる。
何とも言えぬ表情で俯いた華奢な姿は、ひどく頼りない。
碧は無言のままこちらを睨む術師を一瞥すると、大きな溜め息を吐いた。
何をやっているんだか、と言うようなそれは、まるで出来の悪い弟にとる態度だ。
「イルビナ軍は華真族の力が欲しいんだよ。雪っつったか?お前はどうしてだか、もう読めてるだろ?カシュラーンで『花』を受けてるんだからな」
「碧様っ」
軍の事情をあっさりと語って聞かせる上官に、紫倉が焦ったように窘めるも、それはすでに誰もの耳に届いていた。
「花……?……っ!お前たち、まさか……」
驚愕に支配された金色の双眸に応えるように、碧の薄い唇が吊り上った。
正解だと告げるように。
術師の内側で純然たる怒りが噴出する。
「蕾に宿れっ」
怒声のような中級精霊使役の呪文を発するや、碧の周囲を数個の大きな火玉が取り囲む。
ジリジリと肌を焦がす熱を纏うそれは、まるで雪の激情そのもののようだ。
「己の罪を思い知れ」
輝く右手がぎゅっと拳を作った瞬間、炎の塊が暴発した。
大地を揺るがす衝撃と、大気の水分を蒸発させるかのような熱量。
一欠けらの慈悲すら見えない冷酷な所業に、衣織は言葉を失くした。
煌々と名残を燃やす跡には、ただ黒く変色した石畳があるばかり。
「雪……」
こんな彼は、初めて見る。
作り物めいた面の中で、確かな怒りを見せる金色。
その姿は衣織の中の雪とは、あまりにかけ離れていた。
「貴様ぁっ!!」
紫倉の叫びすら、術師の怒りの前では霞んで見えた。
眼前で起った出来事を脳が処理し終える前に、再びレイピアを引き抜いた女は、勢い良く地を蹴り必殺の突きを繰り出した。
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