襲撃者。
「移動の術札?」
衣織の言葉に、術師はコクンと頷いた。
日は傾き始め、薄い橙色は立ち込め始めた濃霧の向こうで、朧気に存在するばかり。
神秘の国と呼ばれる所以は、この全てを覆い隠すようなベールのせいなのかもしれないと、ぼんやり考えながら少年は雪の説明に耳を傾けた。
「お前に渡した術札が破かれた瞬間、すぐ近くに飛ばされるようになっていた」
「あぁ、だから窓の外にあんたがいたのか」
ネイドでレジスタンスが使用した札に近いのかもしれないと、衣織は納得した。
もちろん、作り手の実力のためか雪に渡されたものの方が、遥かに強力なものなのだろう。
そう脳内で処理を終えたのと、先を走っていた白銀の男が足を止めたのは、ほぼ同時であった。
和泉のおかげか追っ手はなかったが、どうしたってのんびりとはしていられない心境で、未だに花嫁衣裳を纏った少年は荒い呼吸を落ち着かせながら、周囲をぐるりと見回した。
「ここなのか?」
思わず訝しげな声が出てしまうのは、黒曜石の眼に映るただの森が、自分たちの目的地『花突』であるとは思えなかったからだ。
どんな場所とは知らないが、何てことない木々の群れとはあり得ない気がする。
「楼蘭の里と同じだ、水精霊の術がかけられている」
その台詞で少年の疑問は解消された。
「また幻術みたいなのがかけられてるってことか」
再び頷いた術師は、躊躇いもせずに森の中へと入って行く。
途端、彼の姿が消え去ったがもう驚かない。
衣織も騒がずに後に続いた。
そして、幻術を潜り抜けた先で見た光景は、予想していた通りであった。
白石で建てられた建造物。
楼蘭やネイドのものとも酷似している神殿は、やはりここでも厳粛な雰囲気を醸し、雪だけを歓迎しているように思える。
「もうパターンだな」
「何だ?」
「ベーツーニー」
間延びした声で応じると、少年はさっさと内部に入ってしまおうと石畳を歩き出した。
この場所で術師の後ろについていると、どうしたって疎外感を感じてしまうのだ。
僅かばかりでもいいから、嫌な感情から逃れようとしたのである。
だが、次の瞬間。
叩き付けられる殺気に、身体だけが無意識に反応した。
ギンッと脳天を刺す高音が、金属のぶつかり合う音だと理解するや、少年はトリガーを目にも留まらぬ速さで引き絞る。
乾いた数発の銃声と共に、正確無比な弾丸が敵の影を打ち抜いた。
そう、影だけを。
「へぇ、いい腕してんじゃねぇか」
至近距離で鼓膜を振るわせた低音に、背筋がゾクリと粟立ったと認識したのは、背中に走った衝撃で華奢な身を吹き飛ばされた時だった。
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