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衣織は諦めの息を吐くと、自分の失態に舌打ちをしながら青の髪に手をやった。
海色の髪はあっけなく取り去られ、現れた漆黒に和泉の目が驚愕に染まる。
「悪ぃ。騙すつもりは、まぁあったんだけど……ちょっとした事情で俺が香煉の身代わりをすることになったんだ」
「……男性、ですよね?」
「見りゃ分かるだろ」
眉を寄せて言うが、未だ化粧は健在なのでどうにも中性的に見える。
どうしたものかと髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜた後、衣織はすっと真面目な顔つきになった。
「人、呼ばねぇの?」
「なぜ?」
「俺、楼蘭族じゃねぇしあんたら騙してたんだけど」
すぐに衛兵を呼ばれて、拘束されてもおかしくない身だ。
それなのに、和泉は意外にも穏やかに微笑んだ。
「事情があるのでしょう?ならば仕方ありません。こちらも楼蘭にはご迷惑をかけたので、これで相殺です。それに」
「それに?」
「あんなに真剣に叱って下さった貴方を、衛兵に突き出すことは出来ません」
やんわりとした口調に、衣織は毒気を抜かれてしまった。
一応、衣織の役柄は王家に犯意を抱く賊なのだが。
こんなに純粋な瞳で信用されてしまえば、何も言えない。
本当に真っ直ぐな王子だ。
思わず脱力して、ソファにまた身を預けてしまう。
「本当のお名前を伺ってもよろしいですか?」
「え?あぁ、衣織。何でも屋」
「衣織さんですか。どうして身代わりを?」
「あぁ、そうだっ」
忘れかけていた緊急事態を思い出し、途端少年は慌てだす。
「あのさ、悪いんだけど花突辺りにいる警備を退かせてくれねぇ?」
「花突……何故その名を?」
一瞬だけ瞳に灯った警戒の光りに戸惑いながらも、正直に口にする。
「え?いや、俺の相方がそこ行きたいらしくて」
「もしや華真族ですか?」
「そう、華真族。頼めるか?」
「えぇ、もちろん構いません。直ちに……」
言いながら、和泉が席を立とうとした時だった。
コンコンッとやや大きめのノック音が室内に響き、反射で二人が顔を上げたのと同時に、扉が開かれた。
「和泉様、大変ですっ!国王陛下がっ……何者だっ!?」
現れたのは和泉の側近のようだった。
室内にいる衣織にぎょっとすると、侵入者だと廊下に向かって叫びだす。
「待てっ、この方は……」
途端騒がしくなった通路からは、いくつもの足音が響きこちらへの接近を訴える。
和泉の叫びも、打ち鳴らされる金属音と怒声に掻き消された。
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