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こうして衣織に突きつけられた真実を、素直に受け入れ悔いることが出来る彼は、やはり誠実で真っ直ぐなのだ。
そういつまでも悲哀に支配されているとは思えない。
「今更、父になんと言えばいいのか」
迷ったように言葉を濁す和泉の様子に、衣織は意地悪く笑みを浮かべる。
「それは自分で考えなきゃ駄目だろ。ま、しっかり悩めよ」
ふざけた調子に、王子は苦笑を溢した。
「貴方は不思議な人だな。水のように心に入り込む」
「水?」
「えぇ、胸に抱く思いを自ら明かしたくなるのです」
衣織は小さく微笑んだ。
その言葉がもっと似合う男を、自分は知っている。
どんな状況でも、すんなりと身内に届く水のような存在。
今頃彼はどうしているのだろうか。
花突に入り込む準備でも―――
「ってしまったっ!!」
「どうかしましたか?」
すっかり失念していた。
婚姻が破棄されたのだとしたら、婚姻式の間に雪が侵入するという計画は成立しない。
どうにかして城中の注目を集めなければ。
怪訝そうに尋ねてくる和泉に、衣織は勢いよく向き直った。
「あのっ……」
そこまで言って我に返った。
自分はさっき、何と言っていた。
一人称を『俺』?
演技も何もかなぐり捨てて、素で王子に説教をかましていた気がするのだが、勘違いではないだろう。
「香煉殿?」
一層訝しげに顔を覗き込んでくる和泉に、冷や汗がダラダラと流れる。
いや、疑問を持たれていないのだから、もしやバレていないのだろうか。
有り得ないとは分かっていても、現実逃避をしてしまうのはご愛嬌。
けれど、現実はそうもいかない。
「あれ?香煉殿の瞳は黒なのですね。確か、楼蘭族の方は皆一様に青だと。そう言えばさっきご自分のことを俺……え?え?」
あぁ、今頃気が付いたのですか。
やはり彼は天然なのかもしれない。
おかしいぞと首を傾げる姿を見て、疑惑は確信に変わりつつある。
だからと言って、バレているのには変わりない。
「香煉殿、もしや……」
「それ以上言うな」
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