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「これでは母上が泛ばれない、父上の行為は母上に対する裏切りでしかないのですっ」
血を吐くような言葉に、胸が軋んだ。
王妃の死が国王を豹変させてしまった事実に、一番傷ついているのは和泉なのだということは、明白であった。
大切な人を失う悲しみは、身を切るよりも辛い。
それは覚えのある痛み。
けれど。
「和泉様」
「申し訳ない、嫌な話をしてしまいました。ですから、貴方との結婚はなかったことにして頂きたいのです」
「和泉様っ」
「こちらの身勝手な都合です。国王はこちらで説得致します。楼蘭族には本当にご迷惑を……」
「和泉っ!!」
張り上げられた怒声に、男は思わず息を詰めた。
室内に木霊したのは、誰の声だろうか。
正面に座る華奢な花嫁が、すっくと立ち上がったことに目を剥いた。
「あんたは、親父を見捨てたのか?」
「香煉殿……?」
語調も荒く問う声色は、確かに楼蘭の乙女から流れているが、しかし。
「王妃の死が耐えられなくて、馬鹿やってる親父が悪い。それは確かだ。だけど、どうしてあんたは止めなかった?」
「何をっ……」
「あんた、諦めてるだろ?」
黒曜石の瞳に射抜かれて、和泉の肩がビクリっと反応する。
「親父が間違ったことしてんのに、あんたは放置して正してやらなかった」
「違うっ!私は何度も言った、もう止めるように!!これ以上続ければ王座も危ういと、何度も忠告したっ、それなのに父上は耳を貸さな……」
「違う」
「え?」
反射的に言い返した和泉は、落ち着いた、しかし確実な怒気をはらんだ否定に口を噤んだ。
「家族として、止めてやらなきゃ駄目だったんだよ」
「何……」
「親父がなんでそんな馬鹿やってると思う。寂しいからだ。周りを飾って、女はべらして……けどそんなんじゃ心の空洞なんか埋まるわけない。当然だろ?失くしたものは、そんなつまんないものじゃないんだから」
「っ……」
「だからあんたは、王座とか国とかじゃなくてさ。教えてやらなきゃいけなかったんだ。伝えることを諦めちゃいけなかったんだ」
謁見の間で最期に見た、国王の双眸。
縋るような、助けを請うような、寂しさを漂わせた紫。
どうしていいのか分からない。
何が正しいのか分からない。
王は和泉に、導きを求めていた。
「さっき俺に話したみたいに、あんたのやってることは間違いだよって。王妃の墓に泥かけてんだよって、教えてやるべきだったのに。なのにあんたは、それを放棄した」
自分が痛いから。
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