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「王は、変わりました。」
「変わった?」
コクンと頷くと、彼は溜まっていたものを吐き出すように話し始めた。
「半年ほど前に王妃が亡くなったことはご存知ですか?」
「え、はい」
嘘だ。
シンラに来て間もない自分が、国内事情を知っているわけがなかろう。
ただでさえ、神秘の国なのだ。
そんな内心をオクビにも出さず、衣織は真面目な顔を繕った。
「王妃は非常に素晴らしい方でした。貧民への救済案を打ち立てたり、術技術の向上を図ったりと、積極的に行動し父上を支えていました。そんな母上を父上は誰よりも愛していたのです」
政務で右腕として支え、また心を癒した王妃の存在は、恐らく国王にとってなくてはならないものであったのだろう。
かけがえのない存在だったと、和泉の口ぶりは語っていた。
彼にとっても。
「ですが、母上は病に倒れました。衰弱は早く、発病してから最期までは本当にあっという間でした」
打つ手のなかった病。
どれだけ医療が進歩しようと、手の出しようがないものは必ずある。
語れば語るほど、和泉の表情は悲しみに彩られて行く。
「あまりに早かった。父上が、母上の死を覚悟する時間もないほどに」
「和泉様……」
「母上の死を正しく受け入れることの出来なかった父上は、変わってしまいました。何を思ったか、今までさほど興味の無かった高価な調度で城を飾り、目に留まった女性を次々と後宮に上げ出したのです」
音がしそうなほどに、自身の手を強く掴む彼の表情から、悲痛とは別の感情が湧き上がりだした。
「政務を投げ出し、日々娯楽に興じる父上の姿に家臣は離れ、最早誰も父上の傍に留まってはおりませんっ」
紫紺の眼を覆った怒りの色に、衣織は眉を顰めた。
国王の行動は潔癖な和泉からすれば嫌悪の対象でしかないのだろう。
――貴方の顔など見たくもない
そう吐き捨てた彼を思い出した。
堪えようのない激情が和泉の中で渦巻いているのだと、手に取るように理解する。
「ついには、楼蘭族の持つ青の髪に魅かれ、貴方を……」
楼蘭族は王族に次ぐ神官の一族。
いくら国王と言えど、そう簡単に後宮に上げれば問題になる。
ならば、王子の嫁として城に上げてしまおうと考えたのだ。
低俗な考えに気分が悪くなる。
衣織は先ほど見た国王の顔を思い出し、何発か殴ってやればよかったと後悔した。
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