――今回の婚姻は無かったことにして頂きたいのです

今、この男はなんと言ったのだろうか。

突然の予想もしていない台詞に、衣織の思考回路は一時停止をみせた。

「今、なんと仰いました?」

ぎょっと目を剥いた自分の顔は、きっと中々面白いものだろうに、和泉は笑うことなく、むしろ心底申し訳なさそうに繰り返す。

「貴方と私の婚姻を、なかったことにして頂きたいのです。こちらの都合で本当に申し訳ないのですが、しかし……」
「ちょっ、ちょっと待とう。一旦ストップしよう。な?」

王子の話を遮りながら、少年は言葉の乱れにも気付かず、とにかく何を言われたのかだけを理解しようと必死だ。

自分は何故、女装をしているのか。

楼蘭族が王族とトラブルを起こしたからだ。

一時的とはいえ問題解消のために、自分は香煉になりすまし婚姻式に出席しようとした。

だが、その『問題』である王子との結婚を解消してくれと言われれば。

「俺の女装、無駄じゃね……?」
「え?」
「あ、いや、なんでもありませんっ」

己の努力が何の意味も持たなくなったショックで、思わず零してしまったが、和泉の怪訝そうな顔に慌てて笑顔で誤魔化した。

「そ、それで、解消は構わないのですが、一体どのような理由で?」

違和感を感じたものの、何がおかしかったのかよく分からない様子で首を傾げる相手に、衣織は先を促す。

「え、あぁ。実はそもそも、この婚姻話を私は拒否していたのです」

あっさりと疑念を取り払った和泉に、もしや天然とか言うやつなのではなかろうか、と考えが掠める。

衣織はそんなどうでもいい感想から意識を外すと、目の前の話題に集中した。

「拒否?では、一体どうしてこのようなお話が?」

そもそも楼蘭だって拒絶していたのだ。

別に神官一族と王家が婚姻しなければならない伝統はない。

では、誰が両方の意見を無視してまで、強引な暴挙に及ぼうとしたのか。

推理をしていくと、何とはなしに浮かぶ予感。

「父上……国王です」

勘は当たった。

まったく意図は読めないが、重苦しいため息を吐く。

あの駄目国王は一体何を考えているのやら。

花嫁は白けた目で、ソファに深く身を沈めた。

「王は楼蘭族の青い髪を気に入り、私の相手として城に上げようとしたのです」
「どういうことです?」

和泉は眉間にシワを寄せ、言葉を探すように視線を彷徨わせる。

組んだ手に力がこもり、甲に当てられた指が白くなっていた。




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