優しき王子。




「貴方には嫌な思いをさせてしまった、本当に申し訳ない」

心の底から謝罪する男に、衣織は慌てて首を振った。

「そんな、和泉様のせいではございませんっ。どうぞ顔を上げて下さい!」

「悪いのはあんたのクソ親父だ」とは、絶対に言えない。

正面にいる王子は、まさに『誠実』という言葉を具現化したような人間であった。

実に洗練で潔癖なのだと、心配そうに眉を下げる様子から見て取れる。

案内されたのは、どうやら和泉の自室らしかった。

謁見の間や王城の廊下と、この部屋はまるで違うことに内心で安堵する。

機能的に配置された調度品の数々は勿論一級品なのだが、青を基調に整えられたインテリアは実に清潔感がある。

デコラティブでくどい内装より、よっぽどこちらの方が居心地がいい。

促されて腰を下ろしたソファも、座り心地がよく快適だ。

「私なら大丈夫ですから」
「ですが、やはり恐かったのでしょう?」

真摯に見つめられて、衣織は内心で困ってしまう。

正直なところ、別に恐くはなかった。

気色が悪くて吐き出したい思いはあったし、男であると露見するのではないかと冷や汗ものだったが、何せ真実の性別は和泉と同じわけで。

恐怖というよりも焦りの方が強かったと言える。

しかし、一応は香煉を名乗っているので、そう馬鹿正直に言うことも出来ない。

「もっと早く、貴方が到着していると知っていたら……。本当に申し訳ない」
「和泉様……」

端正な面を歪ませる和泉は、その心根の美しさを教えてくれる。

己を責める姿を見ていることが出来なくて、衣織は口を開いた。

「私は大丈夫です。和泉様が来て下さったおかげで、特に何かがあったわけでもありません。ですから、そんなにご自分を責めないで下さい」

自分よりも幾つか年上のはずなのに、彼はしっかりと頭を下げて謝罪を続ける。

父親の行いにどれほど心を痛めているのか、容易に察せられた。

辛そうに慰める衣織に、和泉は一瞬だけ目を見開いた後、ふっと表情を緩めた。

「ありがとう、香煉殿は強いのだな」
「そんなことは……」
「だが、もう一つ謝らねばならないことがある」
「え?」

存外しっかりとした口調で言われ、衣織は首を傾げた。

自分は他に何かされただろうか。

疑問が面に出ていたのか、和泉は一つ頷くと神妙な顔を作った。

「香煉殿には、いや、楼蘭族には本当に申し訳ないことなのだが」

言葉を区切り、僅かばかりの逡巡を見せた後再び言葉を続ける。

「今回の婚姻は無かったことにして頂きたいのです」
「……は?」




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