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「ちょっ、おやめ下さいっ」
これは不味い。
体を這う男の手もそうだが、あまり触られると明らかに女性とは違う体つきで、性別がバレてしまう。
腕を突っ張りなんとか距離を取ろうとするが、為政者というには存外しっかりとした手からは逃れることが叶わない。
もがけばもがくほど拘束は強くなり、ドレスの上から腿を撫で上げられて、喉から悲鳴が漏れた。
「っ!?」
同性に体を弄られて喜ぶ趣味は、幸か不幸か衣織にはない。
ぞわわっと、鳥肌が立つ。
「しかし、やはり青の髪とはなんとも神秘的だな。そなたの美貌にもよく似合っている」
「陛下おやめ下さいっ。私は王子の……って、ちょっとストップっ!!」
続けようとした言葉は、顎を捉えられたことで拒絶に変わった。
眼前の相手が何をしようとしているのか、決して少なくない過去の経験から悟ってしまったのである。
「てめぇっ、息子の嫁に盛ってんじゃねぇっ!」と、罵倒を脳内に留められたのは僅かばかりに残った理性の賜物だ。
ぎりぎり自制出来たことにほっと胸を撫で下ろした衣織は、一瞬だけ己に迫る危機を忘れていた。
その行為はおかしなほど、緩慢な動きに思えた。
ゆっくりと近づく王の唇。
瞬間、脳裏に蘇った映像。
――お前は、俺のものだ
どうして。
抱いた思いはただ一つ。
まるで別人だというのに。
何故、自分は思い出してしまうのだろうか。
酔った雪から贈られた、口付けを。
「せ、つ……?」
落ちた囁きは、無意識だった。
「そこまでです」
凛とした聞き慣れぬ声が鼓膜を打ったのと、吐息のかかる距離で王がピタリと動きを止めたのは同時だった。
「何をしていらっしゃるのですか?」
「和泉……」
はっと我に返った衣織は慌てて身を捩ると、さっきまでの強い拘束が嘘のように、あっさりと王の腕から逃げ出すことが出来た。
王座から後退る衣織の両肩に、背後から手が添えられる。
思わずビクリッと震えた少年だったが、その手には邪な意味はないようだ。
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