渋みのある声が耳を打ち、そっと目線を上げて驚いた。

王座に腰を下ろしている男は、こちらの予想に反してなかなかの美丈夫だった。

国王、水宝=千樹。

悪趣味な城内の装飾や、国王というものへの勝手なイメージから、どんな中年太りかと思っていたのに。

年齢のほどは定かではないが、整った面立ちは若々しい。

紫の髪もよく似合っている。

ただその中で、国王の双眸は明らかに異質であった。

まるで気迫の感じられない、死んだような眼。

生気などなく、紫紺色の虹彩は澱んで見える。

「ほぉ、これはまた見事な美姫ではないか」
「お褒めに与り光栄にございます」

一国を治める人間ならば、もっと何か覇気というものが感じられてもいいのではないだろうか。

内心で訝しげに思いながら、衣織はそっと周囲を窺い、国王以外の人影がないことに首を傾げた。

いくら内々の謁見であっても、衛兵すら一人もいない状況は異常ではないか。

「しかし、この距離ではよく分からぬ。近くに参れ」
「はい」

殊勝な態度でもう数歩だけ近づくと、国王は首を横に振った。

王の意図が分からず、言われるがままに距離を詰め、いつの間にか王座のすぐ前にまで来てしまった。

「香煉殿は奥ゆかしい方だな。もう少し傍へ」
「しかし……」

これ以上近づけば、もう手が触れる距離である。

さすがに不味いだろうと言外に匂わすも、国王は首を横に振った。

猛烈に嫌な予感がする。

引きつりそうになる顔を必死で正し、衣織はどうしたものかと逃げ道を探す。

下手に逆らうことも出来ぬ身としては、蛇に睨まれた蛙状態だ。

「かまわぬ。そなたの顔を見せておくれ」
「わっ……」

素早く伸ばされた大きな手に、腕を掴まれ強引に引き寄せられる。

バランスを崩した華奢な身体は、ドレスの裾を軽やかに踊らせながら、男の胸へと倒れこんだ。

「な、何をっ……」
「なんと美しい、和泉に渡すのは惜しいというもの」

ベールを剥ぎ取り顔を覗き込むや、酔ったように眦を下げうっとりと零す王に、衣織は軽いパニックに陥った。

想定外だ。

なんだってこんなことになっている。

動揺に占拠されている隙に、腰に回された国王の手が、細さを確かめるように卑猥に蠢く。




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